恋した相手

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「野茨は、とても優しくて、穏やかな時間を俺にくれたんだ」 だから、このまま目を覚まさないなんてあんまりだ。 夜露はそう言いながら、泣き続ける。 「ねえ、あなたは愛を伝えないの?」 「愛だって!?」 紅玉に問われて夜露は思わず言葉を返してしまう。 「だって、さっきからあなたが私を説得しようとしてる言葉って、そのままあなたの気持ちでしょう?」 「俺には、そんな資格は無いよ。 俺が彼にあげられたのはこの呪いだけだ」 茨が刺さったままの手で夜露はそっと野茨の髪の毛をなでた。 「俺が呪いの原因だと言われても野茨は驚きもしなかった。多分きっともう知っていたんだ。 呪いの他にはなにもあげられない。 そんな人間が何を告げられるっていうんだ!」 夜露は涙をこぼしながら言った。 野茨が一人きりで過ごす塔に来てくれることがいつしか嬉しくなっていた。 次はいつ来てくれるのだろうと心待ちするようになった。 呪いなんてずっとずっと現実のものにならなければいいと思った。 それと同じくらい早く愛し合える人を野茨が見つけて、呪いを乗り越えるところを遠くから見てみたかった。 けれど、野茨の呪いはとけない。 どんな美女に愛を囁かれても、どんな優しげな人に懇願されても野茨は目を覚まさない。 「野茨は、優しい。 俺の所為で呪いを受けたのに『本望だ』なんていうんだ」 声は水を飲んでいないためかさかさなのに、涙は止まらない。 野茨の着る絹のシャツに涙が染み込んでいく。 「どうして、そんな人を愛さないでいられるっていうのさ!?」 こんなに、こんなにも優しい人を。 「そう」 紅玉の声は相変わらず淡々としている。 けれど、その表情は少し笑顔をうかべている様に見える。 「あなたは、愛さないではいられなかったのね」 紅玉が野茨を見る。 野茨を守るように伸びていた茨が金色に光っている。
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