王子

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「今日は、弟殿下の誕生パーティーだけど、行かなくていいのかい?」 野茨は残念ながら本の内容はあまり頭に入って来なかった。 「俺はいらない王子だから」 夜露が今までにない驚いた顔をしている。 それから、今度こそ泣いてしまうんじゃないかという表情をしていた。 「お兄さんはなんでそんなに泣きそうなの?」 野茨が聞くと夜露は「俺はお兄さんって程若くは無いよ」と言って少しだけ笑った。 「もしかして、お兄さん魔法使い!?」 魔法使いはそれ以外の人間よりも長命だ。 だからそうかもしれないと聞いた野茨の言葉に、夜露は悲しそうな顔で笑い返した。 魔法使いは国の宝だ。 それなのに、なぜこんな簡素な恰好をしているのだろう。 そういう恰好が好きな人なのだろうか。 ねえ、と野茨が聞こうとした時それは目に入った。 なぜ今まで気が付かなかったのかわからない。 彼の足首からのびているのは足輪とそこにつながる鎖だった。 「おじさんは悪い魔法使いなんだよ」 あまりにも普通のことを話す様に夜露は言った。 けれど彼が罪人だとはどうしても野茨には思えなかった。 だけどきっとこの人がそう言うならそうなのだろう。 実際彼は鎖で繋がれてここに閉じ込められている様だった。 そんな人の話は聞いたことが無い。 「だけど、君はいらない王子なんかじゃないよ」 野茨と目を合わせて夜露は言い聞かせる様に言った。 「君はちゃんと祝福を受けている。 君には美貌だって、力だって話術だってなんだってある筈だよ。 君を見ればみんな君の虜になるはずだし、君と話せば君にみんな夢中になるはずだよ」 「本当に? お兄さんも?」 「……ああ、俺もそうだね」 泣いてしまいそうな位そうだよ。と夜露は付け加えた。 「あなたの名前は? あなたも僕を祝福してくれる?」 野茨に言われて夜露はギクリと固まる。 けれど、しばらく逡巡した後「俺の名前は夜露。他の人には言っちゃ駄目だよ」と答えた。 「祝福。そうだね。 祝福をしてもいいのか」 夜露が何を言っているのか野茨には分からなかった。 「でも魔法の対価がここには無いんだ」 「あっ……。じゃあこれは?」 野茨が取り出したのは数日前おやつのケーキに入っていた陶器製のフェーブという小さなマスコットだった。 金銀財宝じゃないから、気持ちばかりのものになってしまうかもしれないけれど、これを対価に魔法をかけてくれないだろうか。 そうしたら、誰かに笑いかけて、話しかける勇気がもてるかもしれない。 魔法使いは手のひらにおかれた花の形をしたフェーブを眺めると、聞き取れない呪文をいくつか唱えた。 「あなたの愛する人があなたから遠ざかりません様に」 静かに夜露は言った。 手のひらにのっていたはずのフェーブは消えてしまった。 野茨は夜露の、高すぎず低すぎない不思議な声が好きだと思った。
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