殉教者のフィオナ

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殉教者のフィオナ

 もうすぐ神の裁きが下り、世界は滅ぼされるであろう。そして然るべきのちに再生され、真の楽園が築かれるであろう。  アカシック教の教祖であるフィオナ様がそのような予言をしたのは、今からおおよそ一年前のことである。彼女には我らが主から授かった特別な力がある、というのは教団の人間にとっては周知の事実である。なくしものを見つけるくらいは朝飯前。時には主の力を使って愚かな者達に罰を下すこともできるし、何より凄まじいのはその未来予知の力である。  そう、彼女はこの世界が、隕石によって滅ぶ光景を見たのだそうだ。  それは環境破壊、環境汚染、戦争で血を流すことをやめない人類への神の裁きと言われ、アカシックの教えを信じる者達を戦慄させるに十分だったのである。彼女の予言が外れるはずがない。終わりの時は、刻一刻と迫っていたのだった。 ――裁きの日よりも前に、自ら命を捧げた者はフィオナ様に次ぐ殉教者として神様に認めて頂ける……。  フィオナは言った。自分はこの世界の破滅を見届ける義務がある。神の裁きが下るその時、自ら聖剣で喉を掻き切らなければならないと。  アカシックの教えで言うところの殉教者とは、単純な命だけではなく、自らの人生全てをアカシックの教えに捧げて殉じた者を指すのである。神の声を聴き、その力を代行するフィオナがアカシック教最大の殉教者となり、死した後神の右腕として召し抱えられるであろうことは決定されている。信者達は皆、フィオナに次ぐ席を求めて、破滅の日が近づくにつれ自ら命を絶つ数を増やしていった。死した後楽園に生まれ変わることが許されるのは、唯一神であるアカシック神を信じ、殉教者としてその命を捧げた者のみであるとされていたからである。 ――私も、考えなきゃ。殉教者として相応しい死に方を。もう隕石が落ちる時まで時間がないんだから。  レベッカもまた、アカシック教の敬虔な信者の一人である。共に町で印刷業を行う夫がおり、三人の息子と娘がいる主婦だった。他の四人にも信仰を勧めてきたものの、彼等は神という存在に懐疑的らしく、最後までまともに教会に礼拝することはなかったように思う。何度も説得したが、彼等にとってはむしろ神を信じきっているフィオナの方が信じがたい存在であるようだった。  彼等は審判の日、神を信じなかった者として再生を許されないかもしれない。彼等を認めて貰うには、自分が殉教者として立派に役目を果たし、神様への忠誠を示すしかないだろうとレベッカは思っていた。  本当なら率先して命を絶って忠誠を証明したかったところだが、生憎家族にはそれぞれの生活があり、仕事もある。折悪くと言うべきか、家業にとっては幸運と言うべきか、去年から出版業界は好調であり、自分達に舞い込んでくる仕事も爆発的に増えていたのだ。繁忙期の仕事をまるっと夫と子供達に押しつけて退場するわけにはいかない。なんせ彼等は破滅のその日まで生活があるのだから。 「おいレベッカ」
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