秘密結社

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 目覚めた瞬間、俺は今までいた世界とは別の世界にやってきたのような感覚に襲われた。  とは言っても、目覚めた場所はいつもと同じ六畳一間の汚い布団の上だし、当然周りには誰もない。カップ麵の空き容量を倒しながら手探りで携帯を探し、SNSやニュースを見ても特段不可解な内容は見当たらない。  それでも、俺は昨日までとは明らかに違うなにかを感じ取っていた。  一体この感覚は何なんだ。妙な確信だけが脳内を支配するが、客観的な証拠はどこにもない。そして時間の経過とともに少しずつ確信が揺らいでいき、変な夢でも見ていたのではないかと思い始める。  いや、俺はきっとこの現実こそが夢であってくれと願っていたのだ。  昔から運動も勉強も出来なければ友達もいない、取り柄のない子供だった。でもなぜか自分が特別であると思い込み  「凡人が作った凡人のためのレールを速く走ることに意味などない。」  「凡人と付き合えば自分の才能が霞んでしまう。」  などと訳の分からない戯言を並べては、なんの努力もしなかった。  親のすねをかじり三流大学へ進学、そのタイミングで上京をしたはいいものの三流の授業にすらついていけずすぐに退学した。退学をしてから親とは連絡が取れなくなり、事実上の絶縁状態となった。それでも地元に戻るための交通費すらない俺は生きていくために働かなくてはならず、コンビニ夜勤のバイトを始めた。生活のためということもあり、なんとか辞めずに続けていると十年近い月日が経過していた。  俺は何のために生きているのか。最近はそんなことばかり考えてしまっている。俺は普通にはなりたくないのではなく、ただなれなかっただけなのだ。もしどこかで普通になるための努力をしていれば、こんな惨めな生活をせずに済んだかもしれない。   ああきっと俺はこんなことばかりを考え、いっそ今とは違う世界にでも飛ばしてくれという願望が高まった結果、本当に違う世界、違う次元、パラレルワールドに来ることが出来たのだという自己暗示をかけてしまったんだ。  思わず笑ってしまった。なんと虚しい自己暗示だろうか。三十歳を前にしても未だ物語の主人公気取りなんて・・・  まあ、すぐに冷静になれたことが不幸中の幸いだ。仕事も出来ない俺の長所は無遅刻無欠勤だけで、変な衝動に駆られ一回でもシフトに穴を空ければ、すぐにでもクビにされてしまう。  「コンコン」  ふとそんな時、玄関ドアがノックされた。当然訪ねて来る人間に心当たりはない。  最近は新聞や宗教の勧誘すら寄せ付けていないというのに、誰だろう?  訪問者の素性が気になったので、特に迷うこともなくドアを開く。  「・・・動くな。」  開いた瞬間俺を待っていたのは、大柄な黒服の男三人だった。俺の正面に立つ男は、あろうことか拳銃を構えている。  「カワデマモルだな?一緒に来てもらうぞ。」  なにが起こっているのか、全く頭が追いつかない。こいつらは誰で、どうして俺に用があるのか。だが恐怖と緊張で思考がまとまらない。俺はただただ全身を震わせることしか出来なかった。  だが次の瞬間、一人の男が誰か別の人間に声をかけられた。  「・・・おい貴様、一体なんの」  言い切る前に、男は膝から崩れ落ちる。慌ててもう二人の男が臨戦態勢となるが、謎の存在は拳銃を使わせる隙すら与えずに、もう二人の男も倒してしまった。  「ここは危険だっ、逃げるぞっ!」  見た目はどこにでもいそうな瘦せ型の青年に腕を掴まれ、俺は走り出した。正直拳銃を持った大男も、その大男を一瞬で片付ける青年にも同様に恐怖を抱いたが、とにかく走るしかなかった。  アパートを離れ、俺は青年に連れられるまま車に乗り込んだ。  「出してくれ・・・ふう、ぎりぎり間に合った。」  俺と後部座席に乗った青年が、仲間であろう運転手に指示を送る。  「怖かっただろ?でももう安心だ。俺たちは君の味方だ。」  「あ、あの・・・これは一体?」  ようやく少しだけ気持ちが落ち着き、乱れた呼吸も整いつつあった俺はようやく口を開いた。  「ばれたんだよ、君の素性が。だから奴らが君を狙った・・・間一髪だったよ。」  「ばれたって、俺にはあんな連中に襲われる素性なんて心当たりなんてありませんけど。」  何故か青年は、俺の言葉にひどく驚いている。  「いや、心当たりがないことはないだろう。まさか自分で気がついていないなんてことはあるまいし・・・」  「ないですよ。俺はしがないフリーターで、日々細々と暮らしているだけなんですから。クズになる勇気もなくてギャンブルも酒も煙草も一切やらず、一円も借金だってないし。」  「借金って・・・今の時代闇金だってあんな荒っぽい手段を取ったりはしないさ。」  「そんなこと知らないですよ。第一俺には借金なんてないんですから。」  青年は戸惑っている。そして青年は、意味の分からない質問を投げかけてきた。  「確認だが・・・君は包茎だよな?」  「は、はあ?な、なんでそんなこと、ここで言わなきゃいけないんだよ。」  狼狽する俺の両肩を掴みながら、青年は必死に俺を諭してくる。  「不安はわかる。だがさっきも言ったが俺たちは君の味方だ。決して君が包茎であることを他言したりはしない。」   「意味わからねえ・・・まあ、うん、そうだよ、俺は包茎だよ。でもそれがどうしたんだよ?あんな黒服に襲われたことに関係あるのかよ・」  再び青年は戸惑いを見せながら、不思議そうな顔で言葉を発する。  「関係もなにも、包茎の人間は命を狙われる。残念ながらこれは今の世の中の現実じゃないか。」  「なにめちゃくちゃ言ってんだよ。包茎だからって命が狙われる訳ないだろ。」  「・・・君はまるで別の次元から来たような人間だ。我々の常識がまるで通用しない。」  一度大きく息を吐いた青年は、明らかに価値観の違う俺に対して一から説明を始めた。  「君はわかっていないようだが、包茎というのは特別な存在なんだ。正確なデータこそないが、一説には百万人に一人しかいないとも言われている。日本の人口を約一億人として、男女比一対一をすれば老人から子供まで合わせて百人程しかない計算になる。」  「馬鹿言うなよ。日本の男性の七割は包茎だって、ネットかなんかで見たことあるぞ。」  「ふっ・・・そんな世界なら、こんな醜い争いは起こらずに済んだのかもしれないな。」  やたらと皮肉っぽい青年の笑みは、無性に俺を苛立たせた。  「とにかく、君がどんな空想小説を読んだかは知らないが、現実に包茎はごくわずかの一握りしか存在しない。その昔ヨーロッパのとある国では、血統ではなく包茎であることが王位継承の条件だったこともあるほど、包茎には価値があり、多くの人々から一目置かれてきたのだ。」  冗談だとしてもぶっ飛んでいると思ったが、青年にボケている様子は一切ないので、空気を壊さないためになんとか俺は笑いを堪える。  「だが包茎はあまりに神格かされ過ぎた。包茎がその人間の価値を高めるだけではなく、とうとう人々は包茎そのものだけを手に入れようとし始めた。」  「包茎を手に入れるって、逆包茎手術でも開発したのかよ。」  「十九世紀後半頃から貴族や金持ち連中が包茎の人間からその陰茎を取り、剝製にしてコレクションに加えるというおぞましい習慣が生まれた。それこそが、今日まで続く世界規模の包茎闇市の発端だ。」  意味のわからない話だと思った。こんなことがあるはずがないと、言い切りたかった。しかし起きた瞬間のあの感覚、そして現実に俺が包茎であり、拳銃を突き付けてきた連中の存在が、この荒唐無稽な話を信じなけれならない方向へと俺の頭を向かわせた。  「・・・あいつらに捕まっていたら、俺はどうなっていたんだ?」  「包茎を狙う連中はいくらでもいる。包茎の売買や加工をシノギにしている連中なら陰茎を取られるだけかもしれないが、質の悪い輩に捕まれば、人体実験に使われるかもしれないな。」  「人体実験?」  「基本的に包茎は突然変異によって産まれる。親が包茎でも子供はむけていることがほとんどだし、遺伝は関係ないと言われている。だが中にはこの謎を解き明かさんとする人間もいる。包茎の謎に知的好奇心を刺激されたマッドサイエンティストが包茎ビジネスを行う金持ちと手を組んだケースもある。そんな連中に捕まった日には・・・死ぬことよりも恐ろしい実験に付き合わされるはめになる。」  やけに鬼気迫るその声色から、既にその犠牲となった仲間がいることを俺は察知した。  「我々も君も、包茎という特別な存在であるが故に、こうして命を狙われることとなった。だがそれを悲観してはならない。本来包茎は誇るべきことなのだから、胸を張って道を歩けるようになるその日まで、共に戦おうではないか!」  確かに俺は、昨日までとは違う世界にやってきたようだった。この世界で俺は特別な存在であるようだが、想像していた特別とはかなり違っていた。  でも、自らが特別であると信じて疑わなかったあの頃の自分の期待に応えられた気がして、そこまで悪い気はしなかった。  「自己紹介が遅れた。私の名前はシモダ、よろしくな。」  シモダから差し出された右手をがっちり握り、この世界で生き抜く覚悟を決めた。   「ようこそ、包茎戦隊ムケテヘンノジャーへ!!!」        
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