Petrichor

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 二人並んで、ふるさとの駅に降り立つ。  ネオンが灯った商店街を抜け、水銀灯に照らされたハーブ公園まで来ると、神様の粋な計らいか・・・ポツリ、ポツリと、小さな雨粒が落ちて来た。    僕らは懐かしいペトリコールに、しっぽり包まれる。 「佐和ちゃん きちんと僕の気持ち 伝えてなくて ごめんなさい 僕 まだまだ ゆっくり考えてもいいと思ってたんだ だけど 僕が きちんと心を伝えなかったせいで 佐和ちゃんに 辛い思いをさせてしまった あらためて 聞いて下さい 僕 佐和ちゃんが好きです 僕が愛する女性は 昔も 今も これからも永遠に 佐和ちゃんだけです どうか僕と結婚してください 今すぐに 僕と結婚してください もうイギリスに戻らないで どこへも行かないで ずっと ずっと僕の隣にいてほしい お願いします」  僕は真っ直ぐに立って、深く佐和ちゃんに頭を下げた。    頭を上げると、佐和ちゃんは戸惑った目で僕を見た。  雨粒だろうか、それとも・・・  キラキラ光る(しずく)が、佐和ちゃんの頬を濡らしていた。    ピカッ ゴロゴロ 稲妻が走り、空が(うな)る。  僕はスーツの上着を脱いで、佐和ちゃんの頭を覆う。 「あ・・・令ちゃんの匂い」 「ごめん 汗臭い?」 「ううん 好きな匂いよ」 「僕 お寺の後継者になるよ 年取ったら・・・でも その前に 僕らの子どもの誰かが後継者になってくれるように 早く結婚して・・・ 佐和ちゃん たくさん子ども産んでよ 子どもが何人かいれば お寺の後継ぎに向いてる子もいるだろうし 医者に向いてる子もいるだろう まだまだお父ちゃん元気だから 当分の間はお父ちゃんに頑張ってもらおう ね 僕 絶対 佐和ちゃん 幸せにするよ しっかり勉強して医者になるから 僕を信じて 今すぐ 結婚してください」  佐和ちゃんが僕を見つめる瞳は、あたたかい(しずく)を宿していた。  僕は佐和ちゃんの唇に、そっと唇を重ねた。  優しく降り注ぐ雨の公園には、ほのかなペトリコールが漂っていた。
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