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彼女との出会いのこと
視界に入ってきたのは紅茶色の髪だった。
僕が彼女に初めて会ったのは、5月のことだった。放課後の図書室で唐突に話しかけてきたことを覚えている。
「ねえ、何読んでるの?」
少し低い、優しい声がすぐ近くで聞こえて横を見た。
近い。そう思った。図書委員の仕事が落ち着き、図書室内に設置されている机に向かって本を読んでいるときだった。
小首を傾げている彼女の色素の薄い髪が、微かに僕の頬に触れた。
「ねえ」
「えっ?あぁ、えっと……」
思わずどもってしまった。
「これ……塩田氷緒の『嘘』ですけど……」
手に持っていた本の表紙を見せた瞬間、彼女の瞳がわかりやすく輝いた。
「好き!」
「は?」
好き──?
「塩田氷緒!私、この作者さん大好きなの」
一瞬誤解しそうになったがすぐに気を取り直した。こんなお約束みたいな言動に振り回された自分に少しがっかりした。
「このお話いいよねぇ。切なくて悲しくて、でも優しくて……」
「あの……」
意気揚々と話し始めた彼女におずおずと声をかける。
「…………君、だれ?」
彼女は二秒ほどきょとんとしたあと、目を細めて笑った
「ひじり」
その響きは、不思議と僕の鼓膜を温かくくすぐった。
「佐山 聖。私の名前」
ひじり。聖。
佐山 聖。
僕は、この嘘つきの少女と出会った。
出会ってしまった。
それはもう、唐突に。
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