まだ出会っていないあなたと

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将吾(しょうご)、ラーメン食べにいくのつき合って!」  ノックする時間も惜しんで幼なじみの部屋のドアを開けると、パソコンに何やら打ち込んでいた将吾が呆れ顔で振り返った。 「またかよ……。やよい、お前そうやって人の都合をガン無視して突撃してくるの、今年に入って何回目だ?」 「知らない。いちいち数えてないもん」 「今ので五回目だよっ! 『この間合コンで出会った人が超かっこよかったの~』って、つい二週間前に自慢されたばっかなんだけど」 「さっき彼女いるって聞かされたの。それなら最初から参加しなきゃよかったのに! 合コンにかけた時間とお金と私のときめきを返せ~!」  惚れっぽい私は、ちょっと素敵な男性に出会うとすぐ恋に落ちる。  でも実際に知り合ってみると、遊び目的で口説いてきたり、既につき合っている人がいたり、果ては金銭を要求してきたりと、割とろくでもないタイプにばかり引っかかっていた。  将吾の言うことが確かなら、どうやら今年片思いが破れたのは通算五回目らしい。  特に今回は、好きになって二週間でフラれるという驚異の速さを叩き出してしまった。  このままだと、失恋最短記録の七日を突破しそうでさすがの私も怖い。 「だからって、毎回ヤケ食いするのやめろよ」 「傷ついた心を癒すには、おいしい食べ物が一番でしょ?」 「そこで甘いものって出てこないあたりがやよいらしいな」  苦笑を漏らしながら、将吾が椅子から立ち上がる。  隣の家に住む幼なじみは、何だかんだ言って面倒見がいい。  泣くなら泣く、食べるなら食べると、その時の感情を思いっきり出しきってしまえばケロリとする私の性格を熟知しているからだ。  隣で延々と愚痴をたれ流されるより、一時(いっとき)のわがままを聞き入れる方が負担が少ないと考えているのかもしれない。  どちらにしろ、慰めてくれる気があるみたいだとわかり、少し気分が浮上した。  と思ったら、 「悪いけど、今回はつき合わねーよ」  一瞬にして奈落の底に落とされた。 「え? ……え!? 何で!?」 「お前もいい加減現実見ろって」 「どういうこと!? 何で急にそんなこと言うの!?」 「もう二十歳なんだから、恋愛する相手ぐらい選べよな」 「何それひどい! 自分だって彼女いないくせに、偉そうなことが言える立場なの?」 「俺はもう選んでるから」 「…………う」 「う?」 「裏切り者ぉぉぉ!!」 「あのなぁ……」  衝撃の事実が将吾からもたらされ、混乱する中でとっさに出てきた言葉だった。  今さらながら気づいたのだ。  将吾だって、好きな人の一人や二人できてもおかしくない。  いつまでも私の機嫌をあやしてくれるわけじゃないのだと。 「やよい」  気づいたところで、すぐに納得できることではなかった。  だってあまりにも、この関係に慣れすぎていたから。  二十年間、幼なじみに絶対の信頼と安心感を抱いてきたのだ。  この居心地のいい場所を離れるのは、そんなに簡単なことじゃない。 「やよい」 「え?」  物思いにふけっていた私は、耳元で自分を呼ぶ声を拾い我に返った。  ぱっと顔を上げると、驚くほど近くに将吾の顔があって息をのむ。  とん、と肩を押されたのはその時だった。  バランスを崩し、背後にあったベッドに倒れ込む。  仰向けの状態でぽかんと口を開けている私は、さぞ間抜けな姿に違いない。  けれど、視界が将吾でいっぱいになり、真っ直ぐな眼差しを注がれている今、自分の格好を気にしている余裕はなかった。 「俺がお前を選んでるってこと、そろそろ気づけよ」  静かに降ってきた一言に、羞恥を乗り越えて頷くまでのカウントダウンが始まる音がした。
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