プロローグ

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プロローグ

秋の冷たい金風。広々とした庭園に金木犀の芳香が漂う。乾いた空気に舞う唐紅の紅葉が、水面を描く石庭の波紋に落ちた。 「お嬢様、どうか中へお入りになってください」 白髪の臈長けた老女が、石庭に立つ1人の少女に声をかける。 少女は振り向かず、ただただ金木犀の芳香の中に身を任せていた。 肩からずり落ちた羽織が扇のように地へ広がるのも構わず、彼女は空を眺めていた。 『…一度、別れようか』 そう言って去る男の切り刻まれた残像が今でも記憶に浮かぶ。 金箔が散る杯をあおり、喜んでいたのはお前だ。 古木を眺め、笑んでいたのはお前だ。 「…お前だぞ、お前が…牡丹をこんなにしたんだ」 少女は手を伸ばす。 何もない虚空に向けて。 その瞳から涙が流れる。 透明に震える滴が金の風に流れ、溶けた。
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