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歩もうとした足は、凍りついたように床を離れない。
まさか、まさかと視線を流す。
男は女に笑みを見せた後、ふいに牡丹へ視線を寄越した。
男と視線が絡み合う。
途端、男の気配は鋭く変化する。軽薄な笑みを浮かべていたその顔には、まるで狙った獲物がようやく目の前に現れたかのような喜々とした表情が浮かんでいた。牡丹は本能で危険を感じ、正面玄関へ身を翻したが、男の動く方が早かった。ふいに腕を掴まれ、身体が浮く。横抱きにされているのだと気づいた時には既に遅く、落ちてしまうかもしれないと咄嗟に判断してしまい、男の首に腕を回していた。
「久しぶりだな、お姫様」
耳元で囁かれた声に、牡丹の顔は蒼白になる。間違いない。柑橘の香と煙草の香が混じったような独特の香り。低く腹に響くような声。この男は間違いなく、牡丹が執着し束縛した「元恋人」だ。
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