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刺々しい言葉遣いしか知らぬ牡丹に、霞は無表情のままで一礼した。牡丹には憐れみも、まして同情もしてはならない。彼女の自尊心は山よりも高く、そして海よりも深い。霞は目線を下げたまま「朝餉を準備致します」と踵を返そうとした。 「朝餉はいらない」 「お嬢様」 「二度同じことを言わせるな。下がれ」 冷水のように冷え冷えとした声で命じられて、霞はしぶしぶと下がって行った。 牡丹はそんな霞の背など視界の隅にすら映さずに、金木犀の芳香に身を委ね、橙の可憐な花を見つめる。 秋の静かな風を肺いっぱいに吸い込みながら、牡丹はその場に座り込んだ。色彩豊かな羽織が扇のように広がる。地面に溶けるように頭をもたげて、牡丹は袂に入れた扇を広げ、風に落ちた花弁を拾った。銀の扇に金木犀が散り、風情をもたらす。それをしばらく見つめた後に、牡丹は扇に落ちた花弁を落とし、扇を投げ捨て、身体を地へ横たえた。心地よいとは言い難い感覚ながら、牡丹にとってこれほどまでに心地よい場所はない。
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