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金木犀の木の下。それはどこよりも甘美で狭い秋を思わせる。誰の声も届かぬ静寂の場所。牡丹はしばらく横になりながら、金木犀の花を眺めていた。 だが、静寂の中に衣擦れの音を聞くと、牡丹は不快をあらわにして、上半身をむくりと起こした。 「ぼたんちゃーん、ぼたんちゃーん?」 聞き覚えのある声に、牡丹は振り向いた。 「こんな所にいたの?駄目よ、地面で寝ちゃ」 金木犀の真横に立って笑う女から、牡丹はふいと顔を背けた。彼女は牡丹の友人。幼少の頃から付き合いのある者だ。名は李音。美麗な容姿で、海外を飛び回るファッションデザイナーであり、自身もモデルだ。一見、近寄りがたい印象を受ける彼女だが、繊細で優しい女性で、牡丹も李音にはある程度心を許している。故に屋敷の出入りを許しているが、牡丹の機嫌は今現在底抜けに悪い。それを察して、李音は苦笑を零した。 「今日はご機嫌斜めかしらん?」 「分かるなら、来るでない」 「そんな冷たいこと言わないで頂戴。今日はあなたの好きな路六堂の練り切りを持って来たんだから、機嫌を直して頂戴な」 「練り切りごときで牡丹の機嫌がなおるはずない」 「まあまあ、そんなこと言わずに。それに練り切りだけじゃないのよ。今日は他に良い話があるの」 李音は、紫檀色の紙袋から一枚の小さな紙を取り出し、牡丹に手渡した。
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