第12話「だいたいこんな感じ」

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第12話「だいたいこんな感じ」

その後、戦の準備が整い、織田軍は岐阜城を責め落とすため、秀吉が整備した拠点へと集まっていた。 あれから、多くの兵が待機できるよう、たくさんの小屋が建てられていた。 「きゃぁああ!」 森の中に、七之助の叫び声が響き、休んでいた鳥たちが一斉に羽ばたいていった。 地面には、大量の大豆が散らばっている。 「大豆ー!よりにもよって、こんなちっせぇものこぼしやがって!」 「あらら」 「ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。大豆の袋、口開いて、立てかけてあるの知らなくて、この箱ずらしたら、倒れちゃって、ぶちゃかっちゃってぇ……!」 「お前なぁ!ここに食いもん運んでくんの、めちゃくちゃ大変なんだぞ!」 今年18になる幸四郎(こうしろう)が叫ぶ。 寡黙な料理長の代わりに、普段は城の台所で大声を上げているが、この度は戦に同行し、調理全般を取り仕切っていた。 「うぅ、すべて拾います……」 近くで見ていた七之助ファンの男たちがわらわらと集まると、優しい言葉をかける。 「七之助ちゃん!手伝うよ!」 「大丈夫だよ~。一緒にやろうね~」 「うぅ……ありがとうございます……」 蘭丸がふふふと笑いながら、手元の里芋の皮を剥いていた。 隣の小姓は顔をしかめながら、蘭丸に言う。 「あいつ、戦場でも、めそめそ泣きやがって、ウッザ。お前もそう思わねぇのかよ」 「顔が可愛いと許しちゃいますよね」 七之助は琥珀色の瞳に涙をいっぱい溜め、頬を赤く染めて言う。 「蘭丸は友達を顔で選ぶの?」 「んー、可愛い。ちゅっ」 蘭丸は顔を近づけると、唇にちゅっとキスをした。 それを見ていた周りの男たちは、鼻息を荒くする。 「おおおお俺も!」 「あとでしてね!」 「させてね!」 蘭丸がイラつく年長者に、諭すように言った。 「まぁ、七之助はいざというときは役に立つんですから、いいじゃないですか」 そこへ、御影(みかげ)が升に味噌を入れて持ってくる。 「ん、味噌」 「ありがと。煮豆はまだ時間かかりそうだし、先にお味噌汁だけ、信長さまたちに持ってこうかなぁ。いいですか?幸四郎さん」 「ん、おー」 味噌を溶いて味見が終わった幸四郎からOKが出た。 蘭丸は、お椀を並べていく。 「信長様、一益殿、正興殿、藤継殿、敏史殿……」 御影が器の数を見て首を傾げる。 「あれ?佳秋は?」 「あー、父上なら、小牧城でお留守番だよ」 「えー!つまんねー!なんでだよ!」 「なんか今、城の周り、けっこう怪しい人多いんだよね。それなりに強い人に守らせとかないと」 「ふーん」 そこに、いそいそと光秀がやって来るのが見えた。 周りの同僚たちにぺこぺことお辞儀をしてまわっている。 「あ、光秀じゃん。おせーぞ」 蘭丸は御影の肩をちょんちょんと叩き、こっちに意識を向かせると、小さい声で言った。 「御影、今日はいいの。光秀殿の正室の一周忌だから」 「ふーん」 「奥さん亡くしてからもう一年経つのに、後妻もとらず、女遊びもせず、性欲どうしてるんだろうね」 「マジで!?」 「誰かとしてる気配ないけど」 「大丈夫かよ。男じゃねえだろ。それ」 「うぇーい」 家臣から、いろいろ報告を受けていた光秀の背中に、御影が後ろから飛び乗った。 「うわぁ!もう、腰に悪いよ、御影」 「聞いたぜー。お前、再婚もせず、しばらくご無沙汰なんだろ」 「あー、うん」 光秀の腰に脚を絡め、首に腕を絡めたまま、御影は光秀の正面に体を持っていく。 「俺とする?」 「あはは。心配ありがと。でも、ここには御影みたいに可愛い子としたいって男、たくさんいるじゃん。なんで俺」 「まったくその気ありません、男色しません、みたいなやつを俺の実力でイかしてやるの、すげー優越感なんだよ」 ニヤァと笑うその笑顔から、相当な自信を感じる。 光秀は眉尻を下げ、困ったような顔で笑うと、首に絡んでいた御影の腕を掴み、優しく下ろした。 それに御影は、少し驚いた顔をする。 「ごめんね。俺、男色には興味ないし。信長様のとこに、着いたって報告行かなきゃ」 「ちっ、つまんねー」 去っていく光秀の背中を、御影は見つめていた。 不思議だった。今までにも、同じ理由で男色に興味ないという男を誘ってきたが、大抵、汚いものに触られたように強めに手を払われていた。 しかし、光秀からは強い嫌悪感のようなものは感じなかった。 屈みこみ、米びつに枡を入れる染五郎の、突き出された尻がゆらゆら揺れていた。 その尻が、無遠慮に、もみもみされる。 「そーめごろっ」 「ひゃぁ!」 背後に立つ秀平が、にこにこと笑っていた。 てっきり、食事の用意を手伝ってくれるのかと思いきや、違った。 「ねー、ひまー?一緒に遊ばない?」 「暇じゃないです……米を量っています……」 尻もみもみは止まらない。 染五郎は、もぞもぞと手から離れようとするが、手がついてくる。 「抜き合いっこしよっか」 「え、あの……や……」 「秀平さん」 お盆にお味噌汁を入れた蘭丸が立っていた。 「あ、蘭丸」 「染五郎は正興殿一択なんです。他を当たってください」 「えー。でも、お尻触るくらい、いいよねー?」 「いえ、あの、恥ずかしいです……」 「あっちで寿々晴(すずはる)さんが、洗濯終わって休憩してましたよ」 「うっそ。行ってくるー」 鼻歌を歌いながら、秀平は去って行った。 染五郎が涙目で蘭丸を見た。 「蘭丸、ありがと」 「まぁ、染五郎が正興殿一択って噂が広まれば、誘ってくるのなんてごく一部になるから」 「それでもごく一部いるんだ……」 「染五郎、自分の身は自分で守るんだよ」 「ここにいるのは味方じゃないの!?」 そこを信忠(のぶただ)がイライラしながら、歩いていく。 (くそぉ。あっちでもえっち。こっちでもえっち。気色悪い!俺が家督を継いだ暁には、男色禁止令だしてやる!) 「あー、くそぉ。なんか料理してるなぁ。あいつら」 侠玄(きょうげん)は、岐阜城の窓から、織田軍が待機している場所を望遠鏡で見ていた。 火を起こしたような煙が、何本も、もくもくと上がっている。 「絶対あいつら、待機してる間、えっちなことしてるだろ。織田軍は天下一の変態集団と聞くからな」 「まぁまぁ、意識がたるんでると、前向きに捉えましょうよ。お茶が入りましたよ」 お茶も持った、たまが、座布団に来るよう微笑んだ。 「ちょうど欲しいところだった」 侠玄は、たまからお茶を受け取ると、口に入れた。 一口飲むと、盛大に吐き出す。 「ぶはぁ!このお茶まずいな」 「髪にいいと評判のお茶をいれてみました。やっぱり、そういうお茶ってまずいですねぇ」 「げほぉえぇ、……ま、まぁ、せっかく、たまが用意したなら飲むか」 侠玄は一気に流し込む。 たまは手をぱちぱちさせ、子どもを相手するように褒めた。 「すごーい!侠玄様!お口直しにお茶菓子どうぞ」 あんこ玉の松露(しょうろ)をばくばくと食べながら、侠玄は見えないように、たまのお尻をぽんと叩いた。 「きゃっ。もう、侠玄様」 嫌がる表情はまったく見せず、たまが侠玄の二の腕をつんつんする。 それをくろみがじーっと見ていた。 「ねぇ、侠玄さまぁ、たま、つまんなーぃ」 「たま……ムフフ。んじゃぁ……」 廊下から、どたどたという複数の足音と、女のきゃっきゃ、うふふなしゃべり声、そして、柔らかい物腰の男の声と共に、おじさんが登場した。 「ごめん。ごめん。遅くなっちゃった。っで、まだ負けてない?」 還暦になろうとしているも、若々しい笑顔の、さわやかなおじさんと、美女数人が集団でやってきた。 侠玄の顔が歪む。 「負けてたら、俺、生きてないっつうの。遅いわ。純一(じゅんいち)」 「だって、西側はおだくずさんたちがいるから、反対の東から来ると、すごい山道だからさ、時間かかるよね」 純一は目が大きかったり、鼻が高かったりといった派手な顔つきではないにも関わらず、控えめな顔のパーツの配置は絶妙で、中の上くらいの顔だった。 それプラス、女性の扱いに長け、まわりの美女たちは上級武士だからとか関係なく、媚びを売っているような雰囲気だった。 純一の両腕にそれぞれ美女がもたれかかる。 「もう脚くたくたです。純一さまぁ」 「疲れちゃいましたぁ。休憩しましょー」 「君たち、ここまで着いてきてくれてありがとね。今日はおいしい料理食べようね」 「きゃー!」「やったー!」「純一様だいすきぃ!」 侠玄はまた顔を歪める。 「お前なぁ、今から戦(いくさ)するっていうのに、女を連れてくるなよ」 「いいじゃないのー。どーせ、城に籠って、敵が来たら、矢を射って、火薬ばーんやるだけでしょ。いつもそれで終わるじゃん。この城は簡単に攻め落とせないよ」 「ま、確かにそうだな。反り返った石垣、死角から矢を放てる窓、難攻不落の城と言っても過言ではない」 ふふんと自信満々の顔を浮かべる侠玄は、純一の美女たちに視線を送る。 「にしても、綺麗な女ばっかりだな。こんなにいるなら、2人くらい紹介してくれ」 「だめだめ。みんな僕の天使ちゃんたちなんだから」 「きゃー!天使だなんてー!」「純一さまってばぁ」 何か言う度に、女性陣が騒ぐ。 「侠玄様、あれ……」 たまが柱の方を指さす。 騒ぎに気づいた乳母のババアが、侠玄を手招きしていた。 「う……。さっさと俺の部屋に手土産持って来いよ」 侠玄はどすどすを足音を慣らし、乳母と自室へと行ってしまった。 それに、いそいそとくろみも着いていく。 純一がふっと、たまに甘い視線を送った。 「ん?また可愛い子が増えてるね。お名前は?」 「たまでございます」 「君、ホント、綺麗な瞳してるよね。後でゆっくり話そ。さぁさぁ、ごはんにしよっか」 純一と美女の集団はしゃべりながら、廊下をどたどたと移動していく。 そこに、純一の家臣たちが、疲れた顔して合流した。 みな、60過ぎた男ばかりだった。 「純一様、荷物がまだ運びきれなくて……」 「半分以上、まだ山の中に置いてきぼりですよ」 「えー、何してんの」 「荷物の量と運ぶ人間の数が合わないんですよ」 たまが驚いた顔で純一を見た。 「もしかして、純一様だけ先にてくてく歩いてきたのですか?」 「そ」 「あははっ」「はぁ……」 女たちの笑い声と家臣のじじいたちの愚痴とため息が廊下に溢れる。 ガラッと突然、廊下に面した障子が少し開いた。 「もー、うるさいなぁ」 隙間から、白い襦袢を肩や胸が見えるほど、着崩した少年が顔をだす。 ぱっちりした栗色の瞳に、白い肌、茶色みを帯びた髪の男の子だった。 たまが声をかける。 「天馬(てんま)、まだ寝てたの?もう昼よ」 「だって、長いんだもん」 気だるそうに口を膨らませる。 「天馬ぁー、もう一回しよー」 その後ろから背の高い男が、天馬と呼んだ少年を抱きしめる。 「えー、もぅいい……」 「うぉ、すげー美女がいっぱいいんじゃん」 少年の後ろの男が、目の前にいた美女に目をキラキラさせた。 「今から宴会っすか?俺も混ぜてもらおーかなぁー?」 「和典(かずのり)様、俺を抱きしめながらそれ言う?言動がちぐはぐすぎ。そんなだから、いい年こいて、結婚できないんですよ」 むっとした声を出しながらも、目はどこか寂しげだったのを、たまは気づいた。 「だって、女の子も可愛いし、男の子も可愛いし。結婚しない関係が一番楽だよね」 「和典様は、男も女も好きなんですね」 女たちは笑っていたが、和典の顔にはたいして興味がないようで、天馬の顔を覗き込む。 「可愛いー」 「ねぇ、君、いくつ?」 「12」 「こんな弟欲しい」「ねー」 好き勝手にしゃべる女たちの声を遮るように、たまが、少し大きな声を出す。 「はいはい。天馬は体洗っておいで。下半身汚れすぎ。あとで、ご飯持ってってあげるから。純一殿は、お部屋用意しますから、こちらです」 また、きゃっきゃとしゃべりながら、純一と女たちは、たまに案内され、廊下を歩いて行った。 たまが和典の部屋に食事を運ぶ。 和典が先に、着替えを済ませ、鏡の前でふふんと笑って自分を見ていた。 真っ赤な襦袢に、真っ赤な着物、真っ赤な羽織と、真っ赤な袴、金色のへんな形の帽子を被った、なかなか奇抜な格好だった。 「あ、たまちゃん、ありがとー」 食事を置くと、たまはその隣に正座する。 「和典殿、天馬がかわいそうですよ。天馬の前で、あまり女性にデレデレしては……」 「え?そう?天馬はそのへん知ってるし」 「知ってるのと、何とも思わないのは別物ですよ。まだ12歳ですし、親元離れて寂しいでしょうし、一番身近な和典様が、たまには甘やかしてあげなきゃ」 「昨日の夜も、げろげろなほど甘やかしてたよ。あ、今日かな?」 「あと、たまには実家に帰って、ゆっくりしておいでと言うのも、いいんじゃないですか?」 「あぁ、実家ね」 襖が開くと、きちんと襦袢を着た天馬が入ってきた。 「確かに、久しぶりに、実家遊びに行きたいかも。でも、戦が始まりそうなのに、さすがに、主君のそばを離れるわけにはいかないよ」 「さすが天馬ー」 和典はぎゅーっと抱きしめる。 「うちの実家には渋柿の木がいっぱいあってね、今頃、おいしい干し柿できてるころだよ」 「んじゃ、この戦終わったら、俺も一緒に遊びにいこーかなー」 「和典様は、うちのねえ様に会いたいだけでしょ」 「天馬と外歩くのも楽しそうじゃん」 「ぜったいすぐに疲れたとか言う」 「言わないし」 「言う」 「あははっ」「ふふっ」 天馬と和典はお互い、顔を見合せ笑っていた。 それぞれの目には、それぞれの顔しか映っていない。 たまはそれを見て、なんとも言えない顔で小さく笑った。 「では、たまにも干し柿、お土産にくださいね」 「いいよ」 にこっと少年らしく天馬は笑った。 和典は天馬をお姫様だっこすると、立ち上がり、歩ぎだす。 「よっとぉ。天馬に、いいもん見せてあげる」 「なんですか?」 察したたまが、隣の部屋の襖を開ける。 「じゃーん。寒くなってきたから、新しい服」 そこには、真っ赤な襦袢に、真っ赤な着物、真っ赤な羽織と、真っ赤な袴、金色のへんな形の帽子があった。 「ダッサ!」 たまもそれを覗くと、くすくすと笑った。 やはり、どう考えてもダサい。 「しかも、和典様とおそろいとか、絶対嫌なんですけどっ」 「えー。なんでー?赤って、かっこよくない?なんか強そうだし」 「確かにかっこいいけど、全身は使いすぎですよ。目が痛い。変。ダサイ。キモい」 「せっかく天馬のために、京の老舗の服屋から調達したのにー」 「センスなさすぎです。ちょっとは純一殿を見習って欲しいくらいです」 天馬は小さくため息を吐くと、襦袢を手に取った。 「ま、襦袢チラ見せくらいだったら、いいかな」 天馬は今着ていた白い襦袢を脱ぎ、真っ赤な襦袢に袖を通した。 次に、漆塗りの衣桁(いこう)にかけ、部屋に飾っていた白い着物を着た。 裾には、金と緑と橙色の糸で、金柑の枝と実、斎藤の家紋である撫子の刺繍が施されている。 襟元と、上半身の裾から、中の赤い襦袢がチラ見えする。 最後に、天馬は愛刀を腰にさした。 「これが、俺の正装でしょ?」 襦袢を着崩した気だるそうな印象から、聡明な少年の雰囲気にかわった。 立派に着こなした姿に、たまは目を輝かせる。 「天馬かわいー!」 「見た目だけね」 「そうそう。もっと可愛い声で、俺に甘えてきてもいいんだぞー」 和典は天馬のほっぺをつんつん、ぷにぷにする。 その手は、肩を這い、胸を這い、お尻にやってきた。 天馬が気配を察し、上目遣いで軽く睨む。 「ちょっと、今着たばっかなんだから、ヤりませんよ!」 「だって。むらむらしてきた」 「むり」 「しゃあねぇか」 それ以上、無理強いすることなく、和典はあっさり天馬の体から腕を離した。 「純一殿の女の子、お金払えばさせてくれるっしょ」 和典は天馬に背を向け、歩き出そうとした。 その服を、天馬はぎゅっと握る。 「…………ヤる」 「いいの?」 「俺を見て、ムラムラしたんじゃないんですか?俺で発散すればいいじゃん」 「じゃー、着せたままヤろ」 「んんっ……」 たまはそれを見て、小さくため息を吐くと、部屋を出て行こうと、障子に向かう。 「もう、ちんこばっか握ってないで、たまには刀も握りなよ」 「はー、こんな寒いのに、外で鍛練なんてやってらんないし」 「てゆーか、たまちゃん下ネタ好きだよね?」 「うふふ」 織田軍待機地の小屋の中、大きな机に地図を広げ、信長とその重臣たちが、囲んでいた。 一益の隣には七之助、正興の隣には染五郎、そして御影もいる。 蘭丸と坊丸は信長の隣で、静かに立っていた。 信長は地図を指差し、低い声を響かせる。 「純一たちの姿が、やっと、ここに確認できた。姿がわかった今、挟み撃ちにされる心配もない。あとはこっちから攻撃を仕掛ければいいだけだ」 一益の顔を見た。 「一益、純一はお前が行ってくれるか。そっちへは、あまり兵をさけないが、お前ならなんとかなるだろ」 「了解」 一益と共に、七之助も頷く。 「城の手前の村では、百姓たちが、織田が来たら殺してやろうと準備している。まずはそいつらを片付ける。その中に、確実に殺しておきたい男が三人いる」 信長の目付きが一段と鋭くなった。 「タケと呼ばれている男だ。長年、反抗的な態度をとる男で、俺の親父がけしかけた戦のときから、村人をまとめ、抵抗してきている」 蘭丸が特徴を絵にまとめた紙を広げ、指を差しながら、説明する。 「身長は175センチほど。右の眉尻に大きな傷跡があります」 細い指は隣の絵へと移る。 「二人目はヤマと呼ばれている男。熊の毛皮を着ています。三人目は、キクオ。面長で、出っ歯。鼻の右にほくろがあります」 「この三人を仕留めれば、おそらく百姓どもは戦力喪失する。今後も反抗することは減るだろう」 信長は坊丸に視線を移す。 坊丸は小さくびくっとしながらも、信長を見つめた。 「坊は前戦から少し距離を取り、百姓どもの顔を確認し、近しいものを見つけたら、周りに知らせろ。毒矢を使うことも許可する」 「はい」 蘭丸が信長の顔を見た。 「標的の者がけっこういますね。信長様、私も、百姓たちとの戦闘に加わってもよろしいですか?」 「あぁ。仕留めたら、すぐに知らせろ。その百姓共の顔は、俺が直接確認する」 「御意」 蘭丸がもう一枚、紙を手にする。 「あと、姉上のよこしてくれた情報によると、侠玄の護衛について周る黒い服で細い男と、和典、その寵童の天馬という子どもが戦闘力が高いようです」 「そいつらは城の中に残って、侠玄の近くに留まるだろうな」 正興が手元の地図と、確認しながら聞く。 「佳鷹とそのお共たちがどっかにいるんですよね?」 「はい。兄上たちは城付近にいて、塀を修理していたようですが……いつも、勢いに任せてドタバタ動きまわってるので、参考にならないかもです」 蘭丸の返答に、御影が目をキラーンと光らせる。 「イケメンなんだよなぁ!?他に、特徴は?背はどんくらい?肩幅は!?」 「兄上は180センチで竹の紋証。お共たち4人も、同い年の18くらいで、みんな背高くて、鍛えたいい体してるよ。兄上の肩幅は……別に普通ですよね?」 蘭丸が信長に視線を送る。 「そうだな。普通だな。華奢じゃなければいいのだろ?」 「うん☆」 「肩幅重要なんだね」 勝手に佳鷹を想像し、目をキラキラさせる御影に、七之助も笑っていた。 「佳秋みたいな顔?」 「んー。父上よりオラついてる感じ?」 「おぉ~!」 「できるだけ早く合流して、戦況を報告してくれ」 「まかせろ!」 「雪ちゃんはどこにいるの?」 七之助が琥珀色の目を蘭丸に向けた。 「姉上はどのへんにいるのかは、よくわかんない。かなり内部に入り込んでるらしいですが」 「まぁ、雪のことだ。自分の身は自分で守れるだろう」 信長が立ち上がった。 「さぁ、出陣だ」
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