第13話「ひるさがり」

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第13話「ひるさがり」

「あっ、あっ、あっ」 少年の喘ぎ声が、障子で閉じられた和室の中に響く。 立って、柱に捕まった天馬(てんま)に、後ろから和典(かずのり)が腰を押し付けていた。 「んっ、はっ……かず……のり、さまぁ……」 「なに?」 「まえからっ……」 「ん?」 「前からぎゅってして欲しい」 「天馬が、服がしわんなるって言ったんじゃん」 「でも、ぎゅって、して……」 快感に耐える天馬の瞳が、まっすぐ和典をとらえる。 和典の身長に合わせ、精一杯背伸びをする体は、弱々しく震えていた。 「はいはい」 和典は優しく、畳の上に仰向けにさせる。 頭の下に手を入れ、全身を包み込むように抱きしめる。 「はぁ……ん……」 「天馬」 「かず、のり、さまぁ……ぁっ!」 天馬も、細い腕をめいっぱい伸ばし、大人の男の大きな背中を抱きしめた。 「あったかい」 「ね」 そのまま、唇を重ねる。 「ん……ふ……んぁ……」 お互いの舌がお互いの口の中を這いまわり、くちゅ、ちゅぱぁと唾液が鳴る。 それと同時に、肌と肌が当たる音がした。 「はぁっ、ん、ふ……んんっ、あっ、イくっ!」 「俺も」 「ぎゅっとしてぇ!ぎゅっとでイきたい!」 「うん」 抱き合ったまま、動きがどんどん早くなる。 天馬のつま先が丸まり、ぎゅうぅと和典の服をわしづかむ。 「んっ、ぁああああっ……!」 「……ぅ」 「……んはぁ……はぁ……はぁ……」「はぁ……ふぅ……っあー……」 和典の動きが止まり、はーはーと二人の荒い息が重なる。 和典が天馬の額にちゅっとキスをした。 「気持ちよかったよ、天馬」 天馬がじーっと和典の顔を見る。 何か言いたげな表情だった。 「ん?」 「……純一殿が来て、本当に、戦が始まるんですね」 「そだね。緊張する?」 「え、あ、だってそりゃ、生きるか死ぬか、わかんないし……」 「俺らなら、大丈夫だよ。天馬」 「はぁ、もう、何を根拠に……」 「んー。天馬となら、俺、めっちゃ強い気がするから」 「なんでそう思えるんですか?」 「わかんないけど。好きも、ヤりたいも、勝てそうも、理由なんてないよ」 「意味わかんない」 ぽつりとつぶやくように言うと、天馬はまた、腕と脚を和典に絡め、ぎゅーっと抱きついた。 天まで上った太陽は、だんだんと傾き始めていた。 たまが休憩に、侍女の部屋に行くと、野太い声に話しかけられる。 「たま。あんた、またサボって、侠玄(きょうげん)様のところ言ってたでしょ?」 ふくよかな体、ふくよかな顔、その中に埋もれた細い目の女が、木箱の上に腰掛けていた。 手には食べかけの草餅が握られている。 「暇人かよ」 「きりさん。すみません。ちょっと、お茶を届けに言ってただけです」 「ったく、新人なんだからさ、積極的に仕事しなさいよ。千代麻呂(ちよまろ)様のおねしょ布団、片付けといたったわ」 「ありがとうございまーす」 くちゃくちゃ草餅を貪るきりの後ろから、団子を大量にお盆に乗せた侍女が現れた。 こっちは、背が低く、目元の化粧が異様に濃かった。 目を爛々とさせて、興奮気味にしゃべる。 「ちょっと聞いた!?生垣修理してる大工の中に、めちゃくちゃイケメンいるの」 「マジ!?」 「さっき見て来たんだけど、マジヤバイんだけど」 「何歳くらい?」 「二十歳って言ってた」 「若い」 「いい体で、血管ヤバイ」「きゃー!」 目元の化粧が濃い侍女ひさと、きりは盛り上がる。 それをたまはお茶をすすりながら、見ていた。 「たま、見に行こうよ」 「私は大丈夫です。若いの興味ないの。やっぱり色気の出て来たおじさんが一番」 「おいっ!織田の奴らが集団でこっちに向かってるぞ!」 小高い丘で、辺りの様子を伺っていた百姓が、大根を抜いていた男たちに知らせる。 「おい!タケさんに知らせてこい!」 「おぉ」 「来やがったな……」 「すぐに集まれ!戦えるやつで戦うぞ!」 「畑の手前で食い止めろ!」 「何としてでも、俺らの畑、田んぼを守るんだ!」 馬に乗った織田の軍勢は、すぐに百姓の畑まで到達した。 そこを越えると、まず、簡単な外門が現れる。 この門を突破しなければ、城下町はもとより、城へは到達できない。 「来たぞ!」 「タケさんたちが準備してる!俺らだけでも、やれることやんぞ!」 鎌や槍、備中鍬など手にした百姓たちが集まる。 西日を背に、何百人もの兵がやってきた。 それを眺める百姓たちは、目を細める。 「まぶしぃ……」 馬に乗った軍勢が、一気に外門へと走りこむ。 鍬を構えていた百姓たちは、その勢いに飲まれ、後ずさりしていった。 「うっわぁ!きた!」 「ひぃぃ!」 「くそ、死ねぇ!」 それでも、向かってくる百姓を、織田の兵たちは簡単に、蹴散らしていく。 門の見張りも、あっさりとやられ、城下町を取り囲んでいた、やぐい塀は、あ瞬く間に壊れていく。 「まず、瓦礫をどかせ!馬が通れるようにしろ!」 正興の一声で機敏に家臣たちは動くと、数分たらずで、通り道を作ってしまう。 「始まったな」 「はい」 手ぬぐいを頬被りし、泥のついた着物に、もんぺ。籠を背負った少年二人が遠くの土手から見ていた。 見た目は、どう見てもそのへんの百姓だったが、織田軍の様子を眺めるその目つきは違った。 話し方や雰囲気は大人びて見えたが、顔つきはまだ幼く、背もまだまだ伸び盛りといったところだった。 やや背の低いほうの少年が、目の前の動向に意識を向けながらしゃべる。 「さすが織田軍、動きに無駄がないというか。仕切っている正興の適格な指示を家臣たちはすぐに理解して、動いてますね」 「そうだな。息が合っているというか。隣にいる少年は染五郎だったか」 「はい」 「周りの状況に気を配りつつ、主君の警護も完璧にこなすな」 「あ、切った。すごい綺麗な太刀筋ですね」 背の高い少年は、緊張した面持ちで頷くと、隣の少年の顔を見た。 「正興と染五郎の顔は憶えたな」 「はい」 「次、行くぞ」 簡素な家が並ぶ中、百姓たちが集まっていた。 刀を持っているものもいれば、鎌やただの木の棒を持っているものもいる。 その中で一人、右の眉尻に大きな傷跡があり、体格のいい男がいた。 刀を握り、村民たちに声をかける。 「おだくずどもは戦の際、家々に火をつけ、畑を荒らしていく。俺らの土地だ!なんとしてでも、ここで皆殺しにしてやるぞ!」 「うぉぉお!!」「タケさん!」 「守ろう!」「俺らの土地だ!」 百姓たちは、目をギラギラさせながら、お互いに声をかけあった。 タケは小屋のとなりで座りこむ少年に声をかけた。 「ろく、武器になりそうなものは持ったか?」 「おう」 ろくは錆びた鎌をもう一度握り直した。 「こんなもんしかねぇけど……」 「来たぞ!」 どかどか入ってきた織田の兵たちは、武器を構える男たちを次々に切っていく。 白菜畑は踏みつけられ、干してあった切り干し大根の籠が転がっていく。 「うわぁぁぁ!」 「怯むな!」「やれ!」 「下げれ!百姓ども!敵意を向けにくるものはすべて殺す!」 正興の一言に全く耳を傾けることなく、百姓たちは鍬や斧を振り上げ向かっていった。 「俺の畑を踏み荒らすなぁ!ぐぁ……!」 「ごろうさん!」 「あぁあああああああ!」 向かっていった百姓たちが、どんどん畑の上に倒れていった。 「まだだ!やれ!」 「…………」 集団のかなり後方、やや小高い丘の上で信忠は戦の様子を見ていた。 男たちの叫び声、馬の鳴き声、家屋が燃える音、煙の臭い、すべてが戦だった。 信長に「お前がうろちょろすると邪魔になるから、そのへんで見てろ」と言われ、悔しいと思いつつも、その通りになってしまっている。 周りには何人も家臣たちが護衛している。 「くそ……」 見たくもないのに、無駄のない動きでどんどんと進んで行く人間が目に入る。 蘭丸だった。 先陣を切って、百姓を倒していく群れのすぐ後ろで、坊丸が馬に乗り、目を凝らしていた。 「いました!タケとキクオ!」 坊丸が叫んだ。 「タケは白菜畑のあぜに!小豆色の着物と茶色のもんぺで、刀を持っています!キクオは土手に!緑の着物で、槍を持っています!こっちです」 坊丸がキクオが見えた方角に黄色い羽の矢を放つ。 それを目標に男たちは、走っていく。 「すげー、今ので、見えてんだ」 御影が驚いた顔をする。隣には蘭丸がいた。 「坊丸は織田軍一、目がいいからね。遠くのものや、速い動きをみるのが得意なんだ」 蘭丸が嬉しそうに答えた。 最中(もなか)、と坊丸が自分の乗る馬に声をかける。 坊丸は赤い羽根のついた矢をとった。 矢じりに猛毒が塗ってある。 数メートル走りながら、坊丸が矢を射る。 隠れていた土手に集まった男たちから、逃げようと出てきたキクオの首に刺さった。 「キクオ、毒矢が首に刺さりました!」 「坊丸、そいつのトドメは俺が行くから、ヤマを探せ!」 「はい!」 「標的の男一人殺ったのかよ。はっや。坊丸、ないす」 御影が手を振ると、坊丸は馬を走らせながら、笑顔で手を振り返した。 その顔はすぐに、次の標的を探し始める。 「蘭たちはタケを仕留めよう」 「うん」 坊丸に教えられた方角に走ると、タケがいた。 すでに5人、織田の兵が地面に倒れていた。 「また来たぞ!武器はなんでもいい!続け!」 タケは倒れた織田の兵から槍を奪う。 「うおぉぉぉぉっ!」 蘭丸と御影を見つけると、タケは槍を構えて突進してくる。 「御影」 「いいぜ」 二人は一斉に走り出す。 御影が槍の先をひゅいっと交わすとそのまま棒を脇ではさみ、体重を乗せた。 「うぉ!」 バランスを崩したタケの死角に蘭丸が入り込むと、さっと首を切った。 「ぐあぁ……!」 「とうちゃん!」 タケはそのまま土の上に倒れこんだ。 そばでろくが目を見張り、立ったままそれを見ていた。 「よし!やった!タケを倒したぞ!」 「百姓の頭を倒した!」 報告が順々に、織田軍へと伝達されていく。 御影はパッパッと足元に付いた砂を払った。 「威勢がいいだけで、弱かったな」 「とうちゃん……そんな……あ……あ……うわぁぁぁ!」 目の前の父親は、もう動かなかった。 ろくは震え、土の上に頭をついてうずくまり、泣き喚いた。 周りにも、一緒に畑を耕し、豊作を祝い合った村人たちの遺体が転がっていた。 それを横目に、蘭丸や秀平たちが集まる。 「目当ての男は2人殺しましたね」 「あと一人。ヤマという、毛皮を着た大柄な男です」 「とりあえず、報告行くか」 「お、俺に行かしてくれ」 信長の重臣、藤継(ふじつぐ)が左肩を押さえながら、歩いてきた。 「肩やっちゃったんだよ。ついでに手当てしてもらうわ」 「……じゃあ、お願いします」 「馬貸してくれよ」 坊丸がすとんと自分の馬から降りた。 「最中、藤継殿を乗せてってあげて」 「いいの?」 「はい」 坊丸は返事をしながら、四方八方をきょろきょろと見た。 遥か彼方、普通の人間なら、米粒ほどにしか見えない人影が十数人、林のほうへ逃げていく。 その中に、左脚を引きずりながら逃げる、熊の黒い毛皮を着た男を坊丸は捉えた。 「見つけた!」 「え?どこ?」 「見えねー」 「ヤマ!見つけました!」 秀平たちが、未だ向かってくる百姓たちに適当に弓を放ちながら、坊丸が見る方に視線を送るが、林の木々が揺れているのがうっすらわかる程度だった。 「坊が追います!」 「一人で大丈夫か!?」 「はい!ヤマは脚を引きずっているので」 坊丸は林に向かって走り出す。 「気をつけろよ!毛皮の男だけでいいからな!」 「こっちも手が空いたら行くわ!」 林の中に入ると、坊丸は静かに男の後を追った。 ヤマと言う名の男は脚を引きずり、歩いては数秒休憩し、また歩き出すという行動を繰り返していた。 ヤマの後ろの男が、息を切らせながら話す。 「ヤマさん、大丈夫ですか?」 「あ、あぁ……」 ヤマ以外の男たちも、どこかしら怪我があったり、疲労で足取りは遅かった。 (ヤマ……やっぱりあの男だ。ひっ……!) ずるっと一瞬、滑りかける。 草木で見づらいが、転げ落ちそうな急な斜面が、突然現れる危険な地形だった。 坊丸は慎重に、足元を確認しながら、矢を持ち、いつでも射れる状態で追う。 毛皮の男たちは、ごつごつした岩が広がる場所に出た。 坊丸が赤い羽根の矢を放つ。 ヤマの隣で体を支えていた男の首に、ずんと刺さった。 そのまま崩れ落ちる。 塗られた猛毒がすぐに体に周り、動かなくなった。 「へ?シマさん?うっ……!」 近くにいた男が除きこもうとしたとき、矢が刺さり、その男も倒れた。 「うわぁぁぁ」 驚いた百姓たちが足元の岩につまずき、転ぶ。 それを坊丸はどんどん狙っていった。 (ヤマと……あと三人……) 「ふぅ、やっと落ち着いたか?」 秀平たちがふーっと息を吐く。 暴れていた百姓たちは、ほとんどが地面に倒れているか、逃げ出してあたりにはいなくなっていた。 周りを見渡した蘭丸が言う。 「信長様がいらっしゃる前に、タケとキクオをもう一度確認しましょう」 「あぁ」 蘭丸たちは倒れているキクオの顔を確認する。 特徴的な容姿があっているか、一つ一つ確認し、それを記録にとる。 ろくが納屋の影からそれを見ていた。 (あのガキ……!あいつだったら……!) ろくはもう一度、歯こぼれした鎌を握り直した。 勢いよく走り出すと、蘭丸の首めがけて、鎌を振り下ろす。 ふっと、蘭丸は真顔のまま静かによけた。 「…………」 「くそぉ!死ねぇ!」 ろくは泣き叫びながら、鎌をひたすら振り回し、蘭丸を狙う。 「ふざけるなぁ!おだくずども!みんな、みんな、殺しやがって!」 蘭丸は地面を見ず、転がる百姓の遺体を避けながら、真顔で攻撃をかわし続けた。 「畑も踏み荒らしやがって!俺らがどれだけ、汗水流して育てたと思ってんだ!家燃やした!とうちゃんも死んだ!くそ、くそ、くそ!」 蘭丸は刀を鞘に入ったまま、振ると、ろくの手首に当てた。 「いっ……!」 鎌は天高く飛んでいった。 「……話はそれだけですか?」 ろくは蘭丸の顔を見た。 「後半、くそしか言わないし。少し……お待ちください。美濃が信長様の手中に入れば、物流も、知識も、人も増え、今の生活が発展し、この寂れた美濃も発展……」 「死ね!」 血管を浮き上がらせるほど怒りに満ちた顔で、ろくは殴りかかる。 軽々と避けられ、蘭丸にお腹を蹴られる。 「うっ……!」 蘭丸は体勢を崩したろくの右肩を軽く切った。 「ぐぁっ……げほっ、ごほっ!うぐぅ……」 「…………」 「はっ……!」 ろくが違和感を感じ、右胸に手を当てると、首の付け根から、右の乳首にかけて、長い切り傷があり、血が滲んでいた。 「ぅ……わぁぁ、ぁぁぁ……」 遠くから、たくさんの馬の足音が聞こえてくる。 「信長様です」 音のほうを見ていた蘭丸に、石が投げつけられる。 蘭丸は顔色変えず、体を捻ったり、刀の鞘に当て、石を避けた。 「ろく!逃げろぉ!」 遠くから、中年の男二人が寝転んだまま、石や落ちていたみかんを投げていた。 「織田軍は、戦に参加したやつらを皆殺しにする!」 「ここにいたら、お前も殺される!」 「お前だけでも逃げろ!」 「うぅ……一緒に……」 「もう脚が動かないんだ。ろく!お前だけでも逃げるんだ!」 「ろく!」 「うぅ……くそぉ……」 ろくは涙を流し、歯を食いしばり、走りだした。 「くそぉ……!くそぉ……!くそぉ……!」
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