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第14話「行方」
「はっ!」
和典の膝にのっていた天馬が突然、立ち上がると、窓から外を見た。
百姓の畑が広がる場所から狼煙が上がっていた。
「たまちゃん!敵が入ってきた!」
「え、え、なに?」
「大丈夫だよ。外は小介(しょうすけ)殿と平尚(ひらなお)殿が守ってんだし、城の中まで入ってこないよ」
「あ、だといいですけど」
和典が畳に放りだしていた刀を手に取る。
「足止めは俺らがしとくからな、今のうちに、千代麻呂様と避難して」
「はい」
たまはバタバタと他の侍女たちに声をかけ始めた。
きりや、ひさたちはパニックになりながら、荷造りを始める。
「みんな、落ち着いて。たまは千代麻呂様を迎えに行って参ります」
たまは足早に部屋を出て行くと、その足で、侠玄(きょうげん)のところへ向かう。
くろみからの報告に、侠玄は汚い歯をギリギリと噛みしめていた。
「チッ……小介たちに、戦闘をなるべく長引かせろと言っておけ!純一たちは戦闘に行ったのかぁ!?」
「侠玄様!」
「たま……!」
たまは挟玄に震えながら抱きついた。
「挟玄様。もう終わりです。このまま、私とここで……」
挟玄はたまの背中を優しく撫でると、肩を掴み、体を離した。
「たま、しっかりしろ。落ち着け。俺とお前は生き抜くんだ。俺がお前も守る」
「挟玄様……」
たまは瞳をうるうるさせ見つめた。
「千代麻呂たちを逃がしてやるぞ」
「はい」
「いたた……あー、膝、痛……」
光秀が左ひざに手を当てる。
辺りには、斎藤軍の兵たちが何人も倒れている中、光秀や敏史の家臣たちを始め、織田の兵が休憩していた。
家臣が心配そうな顔で水を手渡す。
「やられましたか?」
「ううん。自然になった」
「何、じじくさいこと言ってんだよ(笑)」
御影がケラケラ笑いながら、手持ちの短刀を軽く研いでいた。
「御影も歳取ればわかるよ」
あたり一帯を、きょろきょろと確認しながら、蘭丸が歩いてくる。
「信長様は?」
「まだみたいです」
「おっそ……」
「坊丸は帰ってこないし、大丈夫か?」
「秀平さんたちが後を追ったようですが、秀平さんが迷子になってそうですね」
光秀は苦笑いをすると、重い腰を持ち上げる。
「じゃ、先、城の中行こっか。休憩終わり。行くぞー」
光秀の声で、蘭丸を含めた兵たちが、様子を見ながら、静かに先へ進む。
「あ、なんかいる」
石垣が見え始めたところで、地面に土下座している男が二人いた。
一人は、肥満体系で、鼻の下に豊富にちょびひげを生やした男。
もう一人は、長身で鼻が高く、端正そうな顔立ちだったが、眉毛が毛虫のようで、残念な男だった。
土下座する二人の前には、安そうな刀が二本ずつ、地面に置かれていた。
「信長さまー!殺さないでください!」
「我々は降参しますー!」
織田の兵たちは、いつでも切りかかれるように、刀を構え、二人の中年男を取り囲んだ。
「ひぃぃ!」
「あの、く、葛木 小介(くずき しょうすけ)です」
「宇波 平尚(うなみ ひらなお)です!」
二人は織田の兵に、怯えながらも、とにかく一生懸命しゃべり続ける。
「我々、もう戦いません!」
「雪姫に話を通しておくと言っていただてます!」
「寝返るのは、戦闘がはじまってからって言われました!」
「便所掃除、馬のふんの片付け、何でもいたします!殺さないでください!」
用意していた台詞を全て言い終わったのか、二人は地面に顔がつくほど、深々と頭を下げた。
「雪姫って誰?」
「姉上だと思う」
「これ、手紙です!」
蘭丸は受け取ると、中身を確認する。
『老いぼれ二人が寝返るっぽい(^^)/
大して使えそうにないから、殺してOK』
「確かに姉上の字ですね」
光秀もその手紙を読むと、蘭丸を見た。
「そんな、話聞いてた?」
「いえ」
「どうします?この人たち」
家臣に聞かれて、光秀は言った。
「どうするかは後で考えるとして、とりあえず拘束して、秀吉殿のところへ連れてくか」
光秀の家臣たちは、二人を縄で縛り始める。
二人は、この場で殺されなかったことに安堵の表情を見せ、急にペラペラしゃべり出した。
「はー、良かったー。雪姫の言う通り」
「これで雪姫にえっちしてもらえるな!」
縛っていた家臣たちが口を尖らせる。
「雪ちゃんがそんな簡単にさせてくれるわけねーじゃん」
「「え」」
「つーか、俺らが許さん」
「じゃ、そのへんはお任せして、先行きましょう。敏史殿」
「え、あぁ……」
敏史は光秀と役割を交替したそうな目で見ながら、渋々、家臣たちを連れて、蘭丸の後ろをついていった。
城の庭周りは、妙な静けさだった。
「あのオッサンたちが寝返ったから、城周りがめちゃくちゃ手薄だな」
「笑っちゃうね。犬でも侵入できるよ」
気配を探りながら城の庭へと入っていく。
御影は辺りに気を配りつつ、手持ちのクナイを反対の手に、ぺちぺちと叩いていた。
「あー、仕事終わらせて、早くえっちしたいぜ」
「だね」
「佳鷹どこにいんだよ?」
「兄上ねぇ……おそらく、見た目はすっごい御影の好みだと思うんだけど、性格がねー……」
「性格とかどうでもいいし。顔だろ。顔」
「んー、なんかもう、性格以前の人間性が……」
蘭丸が塀のそばに、不自然に並べられた小石をみっつ、見つけた。
「敏史殿、塀から少し離れて移動しましょう」
「え、あぁ、わかった。お前ら、一旦止まれ」
敏史の声に、ピタッと物音立てずに固まる。
わずかながら、壁の奥から人の物音がする。
敏史はため息を吐くと、蘭丸たちに振り返る。
「はぁ……。じゃ、俺たちが先行くから、二人は後方から支援してくれ。塀には近づきすぎるなとのことだ」
「わかりました」
ささっと入っていく敏史たちに、数人の兵が現れると、切り合いになる。
「うわぁぁぁぁぁ!」
蘭丸は塀が建てられている地面の下。ずいぶんと適当に土を持ってあるそこに、落ちていた木の廃材を斜めに突き刺した。
「手伝う?」
「うん」
御影がわらじの底で、ガンと奥へついた。
ギギギという音とともに、塀が波を打つように、順々に崩れていく。
「ぎゃぁああああああああああ!」
その音とともに、塀の影に隠れていた斎藤の兵たちの叫び声が鳴る。
「おぉぉぉ……」
敏史たちは若干引いたように、その光景を見ていたが、逃げ出した斎藤の兵たちを見つけると後を追って、刀を抜いた。
「ずいぶんと綺麗に崩れたな」
「兄上がやったんんだよ」
「すげー」
城に対して、南の山の中、一益たちがいた。
「なんか、時間余っちゃったね」
「はい」
一益の隣に立つ七之助が答える。
その足元には純一が倒れていた。
敵の気配に、家臣と共に様子を伺いに来ていた純一は、そのまま戦闘になり、このザマだった。
純一の家臣たちも全員倒れている。
一益の家臣は誰一人死にもせず、大した怪我もせず、すでに息が整いつつあった。
「一益様、どうなさいますか?」
「ま、急いで、城に行かなくても、あいつらで戦力足りるだろうし、俺らはここ片付けて、先に戻ってよ」
「はい」
城の中では、女中たちがバタバタと走り回っていた。
「やっと来た!早く!!」
千代麻呂を抱っこし、現れたたまに、ひさが怒鳴る。
「遅いよ!もういい!私がだっこする!」
ひさは、たまの腕の中から千代麻呂をぶんどる。
「大丈夫?」
ひさや、乳母たちはこれでもかというほどの風呂敷を担いでいた。
「あんたの荷物持ってくる余裕ないから!行くよ!」
「早くしな!」
乳母に急かされ、縁側から中庭へ飛び降りる。
城の南側の山から逃げ、寺に避難する予定だった。
「待って!これも持ってか……」
追いついた、きりの声がそれ以上言葉を続けないと思い、視線を向けると、どさぁっと壁に体を寄りかけながら崩れ落ちた。
手に持っていたお饅頭が転がっていく。
「き、きり!?」
「どうしたの!?き……」
驚いた顔をした、ひさとたま、乳母は駆け寄るのをやめた。
きりの後ろから、刀を持った蘭丸が静かに現れたからだ。
「だれ……!?」
「こども……!?
「お前が殺したの!?」
「……」
ひさたちは震えながら、まくしたてるが、蘭丸は特にこれといった表情を浮かべないまま、ひさたちへと近づいていく。
「ひ、人殺し!」
「私たちも殺す気!?」
「…………」
「この子はまだ1歳なんだよ。やめ……!」
蘭丸が近づいたかと思うと、静かに二人が倒れた。ひさに抱かれていた千代麻呂もぴくりとも動かない。
近くで見ていた御影が少し驚いた顔をする。
「これ、死んだのか?」
「うん」
「へー。うめき声もあげねー」
「痛くない切り方したからね」
「さすが、信長の寵童は女、子ども殺すの躊躇ねーな」
「…………。生かしとくほうが可哀想だよ。この先、大きくなって、父親が織田に殺されたと知れば、復讐心でいっぱいになる」
「へー。この先、織田に復讐しにこないように殺しとくってことな」
倒れたひさたちの隣で、たまは座り込み怯えていた。
「い、いや……」
「……あなたは、侠玄の居場所を知っていますか?」
「は……はい……」
「侠玄の服装は?」
「…………」
「正直に答えてください」
蘭丸は刀のをわずかに、たまの首元に近づける。
「ひっ……え、えっと、あの、えんじ色の羽織に、茶色の袴……」
「案内してください」
渡り廊下を挟んだ向こう側では、男たちの呻き声と物音が響く。
城内を警護していた侠玄の家臣たちの遺体がところどころに転がっている。
一方で、敏史の家臣たちも死んではいないながらも、負傷してもう動けないのか、休んでいるものも、チラホラいた。
「蘭丸、俺らギブアップ。あとよろしく」
「敏史の兵は体力ねーな」
御影が蔑んだ目で眺める横に、たまは震えながら立ち上がる。
蘭丸はその後ろで、刀を構えていた。
「たま!!」
遠くから叫ぶ声とともに、頭から血を流し、ボロボロの青年が蘭丸たちのほうへ走ってきた。
「くそ!」
よろけながらも、蘭丸とたまの間に刀を一振りする。
蘭丸はすっと半歩離れた。
その隙に、青年がたまの腕を掴み、走り出す。
「たま!こっちだ!」
蘭丸はたまを目で追うだけで、動こうとしない。
御影も同じように見ているだけだった。
「あ、あの女逃げやがった」
「ま、どーでもいいから、行こ」
妙な静けさの中、蘭丸と御影は庭を通り、城の中へと進んで行く。
「来たぞ!放て!」
上からの声にハッと見上げると、一斉の何本の矢が振ってきた。
「チッ……!」
二人はつつじの木の陰に丸まり、肌を密着させて、身を隠した。
3階の高さから、たくさんの兵が弓を構え、蘭丸たちめがけて射っていた。
「まだ、結構な数いんじゃん」
「御影、もうちょっと詰めて」
「お前ケツでかいな」
「そんなことないし。ちょうどいいバランスだし。もう、あんま触んないでっ」
「次!放て!」
矢がどんどんと放たれる。
つつじの枝にバシバシ当たり、だんだんとハゲてきてしまい、二人の姿がわかるようになってきた。
「お、やば……」
「あぁあああ!!」
突然、男の叫び声と共に、地面に男がどーんと降ってきた。
その異様な光景に、蘭丸も、御影も口をつむぎ、びっくりした表情を見せる。
男たちの叫び声はなおも上から続いた。
「誰だ!?」
「うぁああああ!!」
「やめろぉぉぉ!」
四方八方から男たちが、落ちてきたり、切りつけられているようだった。
最後に、一人の青年が飛び降りてきた。
足を地面につけ、御影と蘭丸の前に綺麗に着地する。
「よ!お前ら、大丈夫か?」
御影は座り込んだまま、目の前に立つ青年を見上げる。
屈強な体つきでがっしりとした肩幅。
半纏を着ただけの簡素な格好で、下からだと裾の中が見えた。
右の太ももには、紋証が縛ってある。
「竹の……紋証……佳鷹……!?顔!見たい……!」
「ん?」
視線が合わさったその顔は、血気盛んな青年らしさと、男の色気が交じり合い始めた佇まいだった。
「え、えろてぃかるひっと……!」
「おー、むっちゃ可愛い子いんじゃん」
佳鷹は屈みこむと御影の頭をなでなでした。
御影はめずらしく、握った拳を口元に当て、頬赤らめて黙りこくっていた。
「兄上、すみません。いると思って、単体で来ちゃいました」
隣で蘭丸が細く笑っていた。
「おー。蘭丸、久しぶり。元気だったか?」
筋肉のついた長い腕を伸ばすと、頭が揺れ、首が折れるんじゃないかと思うほど、なでなでする。
「え、あ、えっと御影と申します!」
御影は服の裾をめくると、白ゆりの紋証を見せた。
「はーい。聞いてるよー。可愛くて強い子が応援にくわわってくれたって」
佳鷹は手を御影の頬に添えると、品定めするように、じろじろ眺める。
「へぇ、なかなか、えろい顔してんじゃん。特に口が好きだな。薄い、綺麗な唇」
「あっ、ありがとうございます!」
めずらしく敬語の御影に、蘭丸は半笑いだった。
「御影、メス顔じゃん」
「うるさい」
「御影、この人、優しいのは最初だけだから、ほんと気をつけて」
蘭丸と御影のもとに、4人男たちが下りて来た。
「佳鷹、とりあえず、弓構えてたやつらはみんな、ぶっ殺したぞ」
4人とも、佳鷹と歳はかわらないくらいだったか、どことなくチャラチャラしたり、服装が武家らしくないような、井出立ちだった。
「蘭丸じゃん、久しぶりー」
「何、この子超可愛いくね?」
4人は、蘭丸の体を無遠慮になでたり、御影をだっこしてみたり、騒ぎ出す。
御影が頬赤らめ、目をキラキラさせる。
「イケメンが続々……」
「みんな兄上の子分だよ」
「ちげーよ。ただ、一緒につるんで、暴れてるだけだ」
「すげー……」
実際、数年前、彼らはそのへんで暴れてたのを、佳鷹が戦に誘って仲間になっただけだった。
一応、佳鷹が一番喧嘩が強いらしく、指示には従ってるようだった。
「信長様は?」
「統率してた百姓の顔を確認してからいらっしゃるそうです」
「見ろよこれ、納屋からこんないい茶碗みつけたんだぞ。これ、喜んでもらえっかな?」
佳鷹の手には桐の箱に入った茶碗があった。
「さっそく、盗んでるし……」
「あと、酒っぽいの、見つけた!」
「やるじゃん!」
「飲もうぜ!」「うぇーい!」
「わーい。一緒に飲みたいでーす」
御影も、てへへと笑いながら、騒ぎにくわわる。
蘭丸だけ、困った顔をしていた。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと、まだ戦終わってないんですけど」
「おーい!そこにいるの佳鷹かー?こっち手を貸してくれー!」
敏史が、のろのろと歩いてくる。
だいぶ披露が溜まっているようだった。
「あーい。敏史のおっさんか。まだ生きてたんだな」
「生きてるわ。あっちで火の手が上がってるんだが、負傷したやつら、いっぱい休んでんだ。手伝ってくれ」
「誰、火つけたの。信長様は、城の形はできるだけ残せとおっしゃってたのに」
「俺じゃねぇ」
蘭丸の視線に、佳鷹が吐き捨てる。
「佳鷹早く。あとで、お酒あげるから」
「あー。わかりました」
敏史に言われ、渋々佳鷹は了解する。
蘭丸が御影を見た。
「御影は、現状を光秀殿に知らせて」
「ん。お前は?」
「私は、おそらく侠玄は姉上が殺してるので、それを確認に行きます」
負傷した味方の方へ向かっていく佳鷹と御影たちを見送ると、蘭丸は城の中へと脚を踏み入れた。
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