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第16話「対峙」
「はぁ……はぁ……」「はぁ……、う、けほ……」
天馬(てんま)と和典(かずのり)は、この戦の大将首である侠玄(きょうげん)を守るように、蘭丸、信長と何度も、刀を混じり合わせていた。
それを侠玄が、様子を伺うように見ていたが、蘭丸たちの動きに隙などみつからなかった。
天馬は顔から汗を流し、荒い息遣いで和典を見上げた。
「はぁ……はぁ……和典様、もう、いき、上がってません?動き、遅く、なってきてるし」
「はぁ……はぁ……俺、頭脳派だから」
同じく肩を上下させ、額に汗を浮かべる和典がドヤで笑う。
「はぁ……お前こそ、息あがってんじゃん」
「はぁ……だって、こどもだもん」
天馬は和典の体をチラリと見た。
左肩と左の腹が大きく切れ、足元には大量の血が溜まっていた。
その視線を自分にも向ける。
白い着物が、血で真っ赤に染まっている。
「あーもー!これじゃあ、和典様とおそろいみたいじゃん!全身真っ赤でダッサ!」
「いーじゃん。いーじゃん」
和典は汗と血を流しながらも、笑っていた。
一方、蘭丸は軽く肩で息をしつつも、無傷。
信長に至っては、涼しい顔をしている。
蘭丸が薄く笑った。
「もう、限界みたいですね。切腹しますか?」
「そんなこと怖くて、できるわけないじゃん」
「みっともない」
「へへ、この超絶ピンチみたいな状況からの、逆転ってのが、一番、かっこいいじゃん?」
和典のドヤ顔に、天馬がむぅと睨む。
「何を根拠に……。だから、俺以外、ついてくる家臣がいないんですよ」
和典は天馬にふふっと、和典が、後ろでうずくまる侠玄に怒鳴る。
「つーか、俺らが時間稼いでんだから、不意打ち狙うか、さっさと逃げろよ!」
「……う、うぅ……」
「親父……?」
信長が侠玄を見つめた。
「雪の盛った毒がやっと効いてきたようだな」
「え?」
「挟玄様……?」
「手足が震えてる。もう時間の問題だよ。はい。終わり……」
「まだだ!ここでお前も殺したら、おあいこだろ!」
はぁと蘭丸がため息を吐く。
「天馬、あれやろ!」
和典のいつもの明るく大きな声に、天馬も元気に返事をする。
「はい!」
すーっと二人同時に目を閉じ、同じ大きさ、長さで口から息を吐く。
目を開けた和典が信長の体に向かって突っ込んでいく。
信長の刀が和典の胸に刺さる。
信長が抜こうとすると、動かなかった。
「……!」
その隙に、天馬が信長の首に刀を伸ばす。
「齊藤流 奥義 雷雲!」
天馬が右腕一本で、刀を握ると、腕を極限まで伸ばした。
(届け……!)
蘭丸が信長の首に刃が当たる直前に、上から踏んで信長の肩に刀の側面を押さえつける。
「あっ……!」
そのまま、体重をのせて、天馬の首の動脈を大きく切った。
大量の血が吹き出した。
(くそぉ。もっと鍛練しとけばよかった。そしたら、守りたいものも守れたのに……!)
もう、自分の意思で体を動かせない天馬は、崩れた床から、階下へと落ちていく。
「天馬!」
信長の刀から抜けた和典は、天馬を抱きしめるように、一緒に階下へと落ちていった。
やがて、建物の崩れる音が収まると、ぱちぱちぱちと規則的な拍手が鳴る。
「蘭丸、俺の肩を使って上手に体重をのせて切れたな。見事だった」
「はい!」
蘭丸は力が抜けたように、えへへと笑った。
和典は天馬の体を抱え、重い脚を無理矢理動かし、壁へと歩く。
どさっともたれかかり、そのままずるずる下へ下がると座り込んだ。
歩いてきたところは、血が伸びていた。
自分の膝の上にのる天馬を見た。
「うっ、ひっく……」
天馬は泣きながら、頭を和典の胸にすりすりした。
「和典様のうそつき。俺は死なないって言ってたのに」
「いやいや、俺の作戦もあって……あのあと、くろみが……」
「まだなんか言うの!?」
「…………」
和典の手がゆっくりと、天馬の手に触れた。
そのまま、手のひら同士を合わせると、指と指を絡ませる。
もう他に、体は動かなかった。
力なく、声を出す。
「……もう、おれも……和典様も、死んじゃうんだから、もっと他に、言うことあるでしょ」
「え、あー……天馬、大好きだよ」
目を閉じ、額にキスをする。
「俺も。和典様、大好き。……ずっと、こうしてたい」
「そうだね」
「幸せ……」
天馬は目を閉じる。
脈が一緒に弱くなっていくのがわかった。
でも、あたたかくて、苦しくなくて、ふわふわした不思議な気持ちだった。
「信長様ー!どちらですか!?」
「誰かいないのかー?」
織田の増援が数人、ぞろぞろと入ってきた。
辺りに注意を配りながら、中へと進んでいく。
「うわー。ボロボロじゃん」
「このあと、これ修復するやつ大変そう」
「蘭丸ー!」
その中に寿々晴と秀平の姿もあった。
「あっ……!」
寿々晴が人を見つけ、反射的に刀に手を伸ばした。
秀平が腕を伸ばし、その必要がないと知らせた。
「その人たちはもう死んでる」
「…………」
和典と天馬はかなりの深い傷を負い、全身に激痛が走っていたはずなのに、二人の口元は微笑んでいた。
「行くよ」
「……はい」
蘭丸は倒れた挟玄の脈を確認していた。
「死んでいます」
「そうか」
天馬と和典には致命傷を与え、気配は絶えた。
他に立っている齊藤の家臣はいない。
自分たちを襲ってくる敵がいないことを確認すると、蘭丸はほっと一息ついた。
「はぁ……勝ちましたね!のぶながさ……」
「信長様ー!」
「おっと。雪」
蘭丸が信長にかけよるよりも速く、雪が抱きつきに行く。
勢いよく、しがみついた雪を信長はしっかり抱きとめると、勢いでそのまま、ぐるぐる二周した。
「ふふっ」
雪はそのまま、お姫様だっこされた。
信長は、間近にある雪に顔を寄せ、表情を和らげる。
「雪、怪我はないか?」
「はい!」
「良かった。長いこと、よく頑張ったな雪。さすが俺の雪だ」
信長は雪の顔に、自分のおでこをくっつけた。
「だって、信長様のためですから!雪は信長様のためなら、なんでもいたします!」
横にいる蘭丸は、髪や服についた埃を払い、服を整えながら、二番目の兄に話しかける。
「で、姉上の胸から垂れたのは、なんだったんですか?」
「あぁ、あれ?ただの水だよ。うさぎの皮にいれて、おっぱいにしてたの。お陰でいい筋トレになったよ」
雪はぴょこんと降りると、今度は蘭丸を抱きしめた。
「はい、蘭もぎゅー」
「姉上……ふふ」
突然抱きしめられ、驚いた顔をしていた蘭丸だったが、久々に感じる兄の体温に、頬緩めると、ぎゅーっと抱きしめ返す。
「姉上の演技うますぎて、一瞬、洗脳されちゃったかと思いました」
「されるか」
雪は体を離すと、少し冷たいような見下した。
「でも、蘭丸。あんた、子ども相手に手間取りすぎ。腕が動かせないなら、脚でも使って、すぐ信長様のもとに戻るべきだったでしょ?」
「……はい」
注意を受けているのは、信長に短刀が飛んでくる直前。
蘭丸が天馬ともみ合っているときのことだ。
「信長様はあんな攻撃余裕で防げるけど、私たちの仕事はそれさえもさせないこと。信長様に汗をかかせないで」
「はい……」
ほんの少し、むっとした表情で、兄を見上げた。
「姉上こそ、天馬でも、和典でも、誰でもいいんで、少しは殺しといてくださいよ」
「こっちもいろいろあるの」
「どーせ、て……」
「ほらほら、お前たち、城に加勢にきた奴らに報告してやるぞ」
信長が二人の間に割って入ると、そのまま、肩を抱き天守へと歩きだした。
蘭丸がぴょこんと天守から下を覗くと、たくさんの男たちが城の下へと集まってきていた。
「あ!蘭丸!」
雪はボロボロになった天守閣から、下にいた仲間に手を振った。
蘭丸と信長も仲間勝利したことを報告する。
「みんなー。勝ったよー!」
「勝った!?」
「やったぞー!」「うぁああ!」
歓声が上がるなか、数人の男たちが雪に手を振る。
「雪ちゃぁぁぁあん!」
「久しぶりー!」「がわいいー!」
「雪ちゃん、えっちー!」
「なんで肩出してるのー?」
雪の着物は襟が背中に下がり、右肩が丸出しの状態で欄干に横向きに座ってた。
太ももが結構見えてる。
「私もみんなに会いたかったよー!」
「ぎゃー!うれぴー!!」
蘭丸がその光景を眺めながら、背後にいる信長に言った。
「姉上はあいかわらず、すごい人気ですね」
「お前たち兄弟は、みんなファンが多いからな。さ、帰るぞ。準備しろ」
「はい」
「はぁ……はぁ……」
ろくは裸足で、ぼろぼろの服のまま、とにかく走った。
武器として使っていた鎌は刃こぼれし、使い物にならなくなったため、とっくの昔に捨てた。
「あっ……!」
脚がもつれ、転ぶ。
遠くでは、男たちの叫ぶ声。何かが焼ける臭い。灰がちらほらと飛んでくる。
「はぁ……はぁ……」
辺りを見渡す、幸い、この辺りには織田の兵はいないようだった。
それだけでなく、自分と同じように逃げて来た村人もいなかった。
「くっ……う……」
ろくは腕で目を覆う。
ろくの脳裏にまるで機械のように、淡々と、人を殺していった少年の顔がチラつく。
「くそぉ……くそぉ!あのがき……絶対、ゆるさねぇ……」
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