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嵐の前触れ
──非暴力という唯一絶対のルールだけを守った裏の戦いが続いたある日、その事件は起きた。
「あなた、単なる農家の出なんですってね? 神託によって選ばれたというけれど、本当かしら? 高貴な男性方に近づいて、玉の輿を狙っているだけではなくて?」
「ち、違います! リリアナ様、わたしは──」
「ワタクシを名前で呼ばないでちょうだい。汚らわしい」
入念に手入れされた美麗な庭園で繰り広げられていたのは、メリッサを標的とする醜悪なイジメだった。
「リリアナ様の言う通りですね。だいたい、あなたみたいな下賤な庶民がいるだけで、学院の品格が落ちるというものです」
「そうですわ。ディオス様も、なぜこんな女を……」
リリアナ・ドレイシーと、その取り巻き。保守派の公爵家に生まれた娘たち。乙女ゲームにつきものの悪役令嬢というやつだ。
ただし、この場合は本当に〝役〟だった。彼女らに嫉妬心はあれど、言うほどメリッサを敵視してはいない──というのが、調査の結果である。
では、誰が彼女らを役に追い込んでいるのか。
私は、その黒幕が現れると同時、物陰から躍り出た。
「君たち……! 一体、なにを──」
「無事か、メリッサ!」
場の時がとまる。
メリッサや令嬢たちはもちろん、黒幕たる金髪の美青年も、驚愕の目で私を見つめていた。
アルハインだ。
「奇遇だね、ディオス……。君も、メリッサの危機を察知したのかい?」
「いつもの場所にいなかったからな。サンドイッチを食いそこねたら、俺の昼飯がなくなるだろ?」
視界の端で、メリッサに微かな笑顔が戻る。
一方、長身の優男は、冷たい眼差しと機械的に上げた口角という奇妙な笑みを浮かべていた。
内心では、私のことを殺したくてたまらないのだろう。
人払いをした庭園で、イジメっ子たちに絡まれるヒロインを助けに来る王子様──。
陳腐な作戦だが、演技の素養がある王子なら最大限の効果を発揮できたはずだ。……私を振り切ることができれば、の話だが。
「……まあいい。リリアナ・ドレイシーと、そのお友達だね? 今、メリッサを罵倒していたように見えるのだけれど、どうなんだい?」
「ワ、ワタクシは……当然のことを言ったまでです。本来、学院に平民が入学するなんて、あり得ないことなのですから」
おそらくは規定のセリフなのだろうが、リリアナの目は泳いでいた。聞けば、彼女は親が国と取引したことで、いじめっ子役に収まったらしい。とばっちりだ。
「いただけない話だね。メリッサはどんな身分であれ、神託によって選ばれた子だ。彼女を悪く言うのは、僕が許さない。金輪際、彼女に近づかないでくれ」
こいつ、よくもいけしゃあしゃあと……。
リリアナさん、泣きそうな顔してるぞ。
「怖かっただろう、メリッサ? 見つけるのが遅くなってすまなかったね。お詫びというわけではないけれど、明日、僕と昼餉でもどうだろう? もちろん……ディオスもね」
名指しされ、私は内心で舌打ちした。
メリッサとアルハインを二人きりにはしたくない。が、三人だけというのも不穏な提案だった。おそらく、王子は私を潰そうとしてくるだろう。
なにより、事実上の最後通告をされたリリアナたちが哀れだ。
とはいえ、彼女らもアルハインの協力者。
どうすれば──と思ったとき、助け舟は現れた。
「──そのお食事会、ボクとフィルっちも混ぜてよ?」
「待て、リュカ。なぜ、私まで巻き込む?」
場の全員が、驚きの表情でそちらを見る。
ところどころハネた赤毛が特徴の元気っ子と、青みがかったオールバックの頭髪にメガネをかけた男。
娯楽産業の申し子たるリュカと、学閥の未来を担うフィルマンだった。
「……なぜ、君たちまで誘う必要が?」
アルハインは、不快そうな顔で問うた。
「三人より、みんなで食べたほうが美味しいじゃん? メリッサちゃんも、そう思わない?」
「リュカ様……! はい! わたしも、そう思います!」
あわあわしていたメリッサの言質を取ったのち、リュカは私にウィンクを飛ばしてくる。リュカきゅん、ナイスプレー。
リュカは一時期、変死した五人目と同じくアルハインの策略に追い詰められていた。それを私が助けて以来、彼はなにかと協力してくれている。
彼のパスを、無駄にすべきではないだろう。
「そりゃいいな。リリアナたちも、一緒にどうだ?」
「……い、いいのですか?」
リリアナは、見捨てられた子犬のような顔で私を見てくる。アルハインが恐ろしいのだろう。
私は、仕方なくヒール役をまっとうした彼女たちにも報酬があるべきだと思っていた。
「メリッサを攻撃しないと誓うならな。メリッサはどうだ?」
「はい……! わたしも、できることなら、リリアナ様とも仲良くしたいです。もしご一緒できるなら、ぜひ!」
「決まりだな。すばらしい昼飯を頼むぞ、王子様?」
「……いいだろう。賑やかな昼餐になりそうだ」
相変わらず、白々しい笑みで答える王子。
リリアナたちは命拾いしたような顔で嬉しがり、メリッサに謝罪していた。
一件落着……とはいかないだろう。
私の不安を体現するように──翌日、メリッサとアルハインが姿を消した。
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