襲われた王子と主人公ちゃん

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 彼の瞳は、手入れする気もなさそうな黒髪と同じく、狂気的な闇に満ちていた。 「オメーは……ディオスだな? 知ってるぞ。一度、話してみたかったんだ。どうすれば、一人で邪魔者を消せるのかについて」  すまん、ヴァル。私はそんなこと、話したくないです。  世間には『ヴァル』とだけ名乗り、本名すら隠す、五人目の参加者。ヴァレリアーノ・グゼラは、国軍における将軍の息子でありながら、キャリアよりも現場の暗殺部隊に所属した異色の男だった。    暗殺部隊に入った動機や経緯は不明だが、この感じだと、殺人狂かなにかなのかもしれない。ホントに攻略対象なのか、こいつ? 際どすぎるだろ。    ともあれ、この男自体が真相であることには違いなかった。死んだはずのヴァルは生きており、直属の部隊を連れて復讐にやって来たのだ。    彼の周囲にいる者たちはボロをまとった賊に見えるが、実は黒装束の下に鎖帷子を着込んでいるらしい。弓矢と数本のナイフ、包帯、およびアルコールか毒薬が入った小瓶など、この世界における軽装の範囲内では完全武装と言える装備だ。まったく動じないのも無理はない。 「なぜ生きている……ヴァレリアーノ……!」  アルハインが、悔しさをにじませた声を上げる。  無理もないだろう。少女を守って立ち続ける度胸はすばらしいが、彼も非暴力の原則に従って丸腰なのだ。しかも、相手はこの世界における特殊部隊。勝ち目はない。 「暗殺部隊が、ボンクラ王子の刺客ごときに殺されるわけねえだろ? 死んだのはオレの影武者で……オレの親友だった」  ヴァルは笑っていた。今から復讐を楽しむ男として。 「オメーらが入学してからの数ヶ月間、オレたちは恋愛ごっこと謀略合戦を観察し続けてきた。王権を守ることにしか存在意義を見いだされていないアルハインと、王子とメリッサの接触を阻止しようとする三人。見れば見るほど、このバカげたオママゴトに参加しなくてよかったと思うぜ」  刃渡り20センチ以上もあるナイフを抜きながら、ヴァルは真実を垂れ流した。メリッサが、意表を突かれた顔で私を見る。  いろいろと終わりだ、と私は思った。 「ま、待ちなよ。学院内は、暴力禁止でしょ?」 「そりゃ、生きてるやつだけだろ? 戸籍上、オレは死んでる。ここにいるメンツもだ。オレは王子をぶっ殺し、オレたちは所属不明の賊として消える」 「凄まじい周到さだな……」  リュカとフィルマンが焦る。どうあっても、ヴァルはアルハインを殺す気らしい。ヴァルにとって、影武者は大切な人だったのだろう。    今や、私たちの実情はバラされた。乙女ゲームは終わりだ。  だが……『バカげたオママゴト』と言われたことには、一矢報いたい気持ちが燃え上がった。 「わかった。そんなに殺したいなら、殺せよ。本当に王子が主犯だと思うなら──だけどな」 「……どういうことだ、ディオス?」 「お前らは暗殺が専門であって、諜報なら俺に分があるってことだ」  私は、ヴァルに関する調査において、別の事実を掴んでいた。 「ヴァルの影武者を殺したのは、正確にはアルハインの親父──狂王だ。お前はそこを勘違いして王子を殺す間抜けになりかけてる」 「ンだと……!?」 「そこで提案だ。ヴァル──お前、入学しろ」  キレかけたヴァルの動きが止まった。 「結局、俺たちは大人の利権に合わせたチェスをさせられている。一つの陣営だけが幸せになって、他が不幸になるクソみたいなチェスを。ここでお前が間抜けなジョーカーにならない戦略は──お前が生き返って入学し、ゲームを拮抗させることだ」  ここにいるイケメンの多くはクズか、元クズだ。けれど、そこには理由がある。王子でさえ、権益の維持だけが自らの存在証明になるからこそ、策略の渦に身を投じているのだから。   「……オレの部隊はどうする?」 「死んだままにしておいてくれると助かる。数ヶ月も潜伏できたなら、これからもできるだろう。王子の抑止力がいると嬉しい。──そして、メリッサには真の自由恋愛をしてもらおう」  利権争いから、本当の乙女ゲームにする一手。これが、私──今のディオスが導き出した答えだった。 「…………撤収だ。命拾いしたな、王子サマ」  それだけ言うと、ヴァルは周囲の仲間とともに、近くの林へ風のように消えていく。おそらくは了承してくれたのだろう。  危機一髪だった。
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