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なんだ、この役は?
「ど、どうでしょうか、ディオス様? 庶民が作ったサンドイッチが、お口に合うかどうか……」
「ンなこと、気にしなくていい。俺は堅苦しい晩餐とか苦手だし……お前のサンドイッチも、まあ、いける」
「本当ですか!?」
目を輝かせ、ぐいっと迫ってくる茶髪の少女──メリッサ・エイマーズ。
俺……ではなく〝私〟は、この元気と素直さに満ちたヒロインへ、いまだにぎこちない対応をしていた。
「バカ、近いっつーの。そうやって無防備でいると、変な野郎に捕まるぞ」
「あっ、すみません! つい、嬉しくって……」
「嬉しいって……べ、別に、大して褒めたわけでもないだろうが」
少女の青い瞳から顔をそらしつつ、どうしてもこらえきれないツンデレ対応をしたのち、今さらながら私は思った。
なんだ、この役は?
私は元々、2020年代に生きていた20代前半の喪女だった。
大学を休学し、女性向け男性向けを問わず恋愛SLGを浴びるほどプレイしたのち、まさかの熱中症で死亡。すると、魔法学校の校長っぽいおヒゲ豊かな神様が現れ、『乙女ゲーム的な世界に転生できる』と言ってくれたので飛びついた。
そして、私は乙女ゲームのヒロイン……ではなく。
2010年代の後期から2020年代にかけて流行った悪役令嬢……ですらなく。
攻略対象である、ツンデレ不良男に転生してしまったのだ。
何度でも言わせてもらおう。
なんだ、この役は?
元々、私にツンデレ属性など皆無だったのだが、王子の記憶と私の記憶が混ざりあった結果、どう足掻いてもツンデレ対応をするようになってしまった。
「わたし、この学園に入学できてよかったな、って思うんです。庶民なのに、アルハイン様やフィルマン様、リュカ様たちに気にかけていただいて……」
「チッ。アルハイン、ね」
にこにこするメリッサの隣で、私は露骨な悪態を見せる。
が、メリッサには聞こえなかったらしい。
さすがは主人公ちゃん。攻略対象による嫉妬、告白など、恋愛感情の表明には驚きの鈍感さを発揮する。2000年代のラノベ主人公にも通ずるが、難聴は主人公特性の一種なのかもしれない。
「でも……1番によかったと思えるのは、ディオス様に出会えたことです。ディオス様が何度も助けてくれたから、わたしは──」
「い、いいんだよ、そういうのは! お前のためにやってるんじゃねえから。もし負い目があるとか、礼がしたいとか言うなら……アレだ。またサンドイッチ作ってこい」
「ふふっ、わかりました! 腕によりをかけて作ってきますね!」
聖プレスナ学院の屋上にある白銀の鐘が、昼休みの終わりを予告する。
メリッサはサンドイッチを入れていたバスケットを持つと、「ディオス様、またのちほど!」と告げ、ドレスにも似た制服の裾をふわりと揺らしながら駆けていく。
──お前のためにやってるんじゃねえ。
半分は嘘で、半分は本当だった。
「メリッサの周辺を警戒しろ。特に、アルハインのシンパは近づけさせるな」
『御意に』
近くの茂みに控えていた従者へ指示を出し、私は自らの教室へと向かった。
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