54いつもの日常の平和な光景

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 綾崎さんは大学一年の後期で親しくなった。駒沢の授業を熱心に聞いていて、発言も積極的にしていた姿が印象に残っている。後期は死神の車坂との出会いもあった。死神との一件で綾崎さんのお兄さんと関わることになり、そこで初めてかかわりを持った。お兄さんを助けたことで、綾崎さんもジャスミンみたいに私を慕い始めた。 「その辺にしておいたらどうかしら。蒼紗を運命の人だと言っているのに、当の本人が困っているのも分からないの?」  過去を思い出して懐かしさに浸っていたら、さらに驚きの人物の声が聞こえる。 「もしかして、荒川結女(あらかわゆめ)?」 「そうだけど?とうとう頭がいかれた?幼馴染の顔を忘れるなんて」  今度は最近亡くなった幼馴染が姿を現した。当然、彼女もまた高校生の姿だった。最期に会ったのが老婆の姿だったのでギャップが激しい。一重の細い瞳はそのままで白髪だった頭髪は真っ黒で、ストレートの髪を肩まで切りそろえていた。 「幼馴染がなによ。よく言うでしょ、時間よりもどう過ごしたのかが重要だって」 「そうですよ!私たちは出会ってまだ一年と少しですけど、既に私と蒼紗さんは」 「あなたたちの言うとおりね。私は蒼紗と出会ったときにビビッときたの。ああ、蒼紗と私は」  荒川結女がせっかく私をこのカオスな空間から救ってくれようとしてくれたのに、彼女の言葉は逆にジャスミンたちの心に火をつけてしまった。  ジャスミンも、綾崎さんも西園寺桜華もみんないかれている。どうしてこんなに堂々と私のことを好きアピールができるのか。 『運命の赤い糸で結ばれています(いる)(いるから)』  いや、好きを通り越して運命の人とは愛を通り越して怖いくらいだ。三人が放った言葉は息ぴったりでまるで、事前に打ち合わせした台本を読むかのように見事なハモリを見せた。  どうして、こんなに私は彼女達から好かれているのか。そもそも、運命の赤い糸とは本来、異性に対して使うものではないだろうか。私の見た目では男には見えないし、女として魅力的でもない。どこにこんな恥ずかしい言葉を言える要素があるのか。夢の中でも、彼女達の暴走ぶりは変わらなかった。 「廊下の真ん中でほかの生徒の迷惑になっていますよ。さっさと自分の教室に入りなさい。ああ、誰かと思えば、またあなたですか。朔夜さん」  次から次へと予想外の人物が私に声をかけてくる。声の主を確認して、思わず顔をゆがめてしまう。この男に夢の中でも会うとは。私の深層心理をこの夢が再現しているのなら、出てきてほしくなかった。  声の主は、私が嫌いな大学教員の駒沢だった。私の正体を知ろうと躍起になっている、50代くらいの男性だ。私を見つめる視線が気持ち悪くて姿を見るのも嫌な男だった。  とはいえ、今回に限っては彼によって助けられた。さすがに先生に注意されたら、その場はおとなしく離れるしかないだろう。 「すいません。今度からは場所を考えることにします」 「俺からも気をつけるように言っておきます」 「駒沢先生、私は先生のことも尊敬しています。ですが、私の運命の相手は蒼紗さんだけなので」 「ふん、ただの先生ごときが私に指図しないで頂戴」  いや、彼女達は先生に注意されたからと言って、おとなしく引き下がるタイプではなかった。とりあえず注意を聞いて謝っているのは意外にも西園寺桜華だった。雨水君は彼女のお目付け役としての言葉を口にした。  あとの二人、ジャスミンと綾崎さんは注意を受けてもまったく気にしていなかった。綾崎さんなら、素直に謝るかと思っていたが、彼よりも私の方に気持ちが向いているようだ。それはなんだかうれしい。その場にいたはずの荒川結女はいつの間にかその場からいなくなっていた。 「ああ、またやってる。毎日、良く飽きないよね」 「西園寺さんはどうして、あんなパッとしない人に目をかけているんだか」 「私も西園寺さんに『運命の人』って言われたい」  駒沢の登場により、ようやくここがどこだったかを認識する。そして、私たちの周りに人が集まりだしていることに気づく。 そうだった。ここは高校の校舎内で、私たちは教室の外の廊下にいたのだった。そんな生徒たちが往来する中で、私は女性三人に「運命の人」宣言をされてしまったのか。 「キーンコーンカーンコーン」  ちょうどタイミングよく、始業を告げるチャイムの音が鳴り響く。生徒たちはいっせいに自分の教室へと足早に入っていく。私たちもまた、自分のクラスに足を運ぶのだった。駒沢はどうやら、私のクラスの担任らしい。私とジャスミン、綾崎さんと同じ教室に入ってきた。  
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