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「まったく、何を言っておるのやら。これだから人間というのは面倒だ。我の言うことが一番に決まっておろう。蒼紗は我のものだ」
しかし、能力を使う必要はなかった。私の周りにいた人間(人外もいる)が私の前に立ち、私を瀧の元に連れて行かせないと口々に言い始める。
私は二度目の大学生活で、たくさんの愉快な仲間を得たらしい。彼らは単純に私と一緒にお昼を食べる権利が自分だと主張しているだけだ。私のためだけに動いているわけではない。とはいえ、その権利が新たな第三者に取られるのが嫌なのだろう。ただ、それだけのわがままな理由で、車坂に突っかかっている可能性が高い。
いや、可能性ではなく、それが本音だろう。
「あ、蒼紗が笑ってる……」
ジャスミンが私の表情の変化にいち早く気づいて言葉にする。それを聞いたほかの面々も驚いた顔をして、一斉に私に視線を向ける。さっきは私が涙を流しても何も言わなかったのに今更だ。
「なぜ、このような状況で私の表情を実況するのですか?私が笑うわけ」
ない、とは言い切れなかった。自分の頬を触ってみると、わずかに口角が上がっている。涙はすっかり乾いている。これはまずい。ジャスミンは私の言葉に気をよくして、得意げに語りだす。
「バカね。泣いていたら、気を遣うでしょう?でも、今は誰がどう見ても、笑っている。相変わらず、自分の気持ちに疎いんだから。まあ、それが蒼紗の魅力の一つではあるけどね」
それで、瀧先生との約束はどうするの?
ジャスミンが私の顔を覗き込むように問いかけてくる。にやにやと笑っている顔を見ていると腹が立つ。つい、ジャスミンの頬を両手でつまむと、お餅みたいによく伸びる。びよーんと限界まで引っ張って手を放す。
「痛い!蒼紗、何するのよ。人がせっかく褒めているのに」
「羨ましい……。いえ、そうではなくて、佐藤さん、蒼紗さんが嫌がることはしてはダメですよ。いいなあ、私も蒼紗さんに頬を引っ張ってもらいたい……」
「蒼紗、仕方ないから、特別に瀧の元についていってあげるわ。だから、その後にゆっくりお昼を食べましょう。なんなら、5時間目をさぼっても構わないわ」
「桜華がそう言うのなら、俺はそれに従うだけだ」
ジャスミンに八つ当たりをしていたら、綾崎さんが変なことを言いだした。それをきっかけにまた、私の愉快な仲間たちが声をあげる。
「じゃあ、いっそのこと、みんなで瀧先生の元に、蒼紗お姉ちゃんを独占するなと直談判に行きますか?」
「大人数だと迷惑かもしれないけど、それが平和的解決策に思える」
「面倒なことだ。我は、今日はあきらめるとするか」
「まったく、世話の焼ける生徒ですね。あなたには保護者がずいぶんとたくさんいるようだ」
彼らの私に対する執着心を見せつけられ、車坂が生温かい視線を私に向ける。そして、大きな溜息を吐く。どうやら、実力行使で私を瀧の元に連れていくことはあきらめてくれたらしい。
有難いことだったのに、私の愉快な仲間たちは私を連れて、瀧の元に向かう話を始めてしまう。結局、私の意見は通らなかった。ひとりで瀧に会うということはなくなったが、その代わりに彼らと一緒に瀧の元に向かうことになってしまった。まあ、彼らを私の言葉で止められるはずがない。瀧と会う事は避けられない運命だったとあきらめることにした。
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