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「大丈夫? 」
地元の高校のスカートに紺色のカーディガンを着て黒い胸上ほどの髪を垂らした女は、海斗に向かって手を伸ばす。
足元は紺のハイソックスに茶色のローファー。
指定のバッグを肩にかけ、指先は少し伸びた綺麗な爪。顔は切長の目に小ぶりながらもツンとした鼻。小さく形の良い唇は艶々としていて、全身から大人の香りが海斗の鼻をくすぐる。
「あ、ありがとう」
海斗はあかりとは違う大人びた見た目の女性に戸惑いながらも、差し出された手を掴む。
視線を外しながら掴んだ手は細くてひんやりとして、この手に力を込めて立ち上がろうとしたら折れてしまいそうだと思って、海斗はすぐに手を離す。
「君、陽まりの子なの? 」
女は鋭い目で海斗を見ながら尋ねる。
「……うん」
海斗は全てを見透かされてしまいそうな女の瞳から目を逸らし、立ち上がって静かに頷く。
「そう。でも君は何もしていないじゃない。ご両親もね。堂々としていればいいのよ」
女はすぐに海斗から目を逸らし、背を向けて歩き出す。
「……あ。あ、うん……ありがとう」
海斗が下を向いたまま答えると女はすたすたと歩き出す。
「あっ……あ、待って。あ、俺、海斗。あの、き、君は? 」
海斗が慌てて自分の名前を告げる。彼女の手を掴む勇気が出せずに、出した手は行き場を失っている。
「はづき。葉っぱの葉に月で葉月だよ」
葉月は海斗の声に振り返り、低く呟く様な声で答えた。柔らかくない瞳に僅かに口角を上げた口元。
黒く艶やかな髪の毛は海風にさらわれ、すぐに葉月の顔を隠す。葉月は海斗の言葉を待たずに背を向けて歩き出す。葉月のバッグに付いている鈴の音が耳に残る。
「あ、ありがとう! は……葉月さんっ」
海斗は葉月に向けて声を上げ、忘れていた体の痛みに直面してすぐに背中を押さえる。
「あっいった……」
海斗は体を丸め痛みに顔を歪めながら、歩き出す。
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