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愛のはなし
葉月が砂浜にスカートのまま足を抱え込む様に、膝を立てて座っている。海が一面に広がる中でも波が荒く、岩がゴツゴツとしている為にあまり人は来ない場所だった。
水面は波打つ。白いキャンパスにたっぷりの絵の具を染み込ませて、一筆書きで波を書いた様に強く濃く、すぐに重ねた色に消されていくような波が一定のリズムで耳に広がる。
「こんばんは。海斗の友達です」
葉月からある程度の距離を取りながら、千尋は砂浜に腰を下ろす。
「えっ……あっ、この間の……こっこんばんは……」
葉月は千尋の顔を見て、静かに頭を下げる。
「お兄さんね……最近ちょっと事情があってさぁ、夜中毎日出歩いてたの。まぁ、目的のやつらも見つかって、もう毎日のように、壁の落書きやゴミ掃除をしなくても済む様になってね。そりゃあ大変よ。広斗たちにバレない様にこっそりさ……」
「えっ? 落書き? 」
葉月が目を見開いて千尋の顔を見る。
「あっいや。まぁ、それは良いんだけどね。だからねぇ。何日か前の夜中もお兄さんは夜回り先生の様にこの辺をうろついてた訳。で……君のその鈴の音と、まぁぶっちゃけ言えば君の事も見たんだよね」
海風に揺られ葉月の鞄に付いている鈴が音を響かせる。葉月は千尋の言葉に慌てて鈴を手で握りしめる。
「……海斗は心当たりがありながらも、君を庇ってずっと一緒にいたと言っている。あいつは意外と根性のあるやつだから、きっとこのまま墓場まで持っていくと思う。君があの日、何をしてたとしても……」
千尋は風下を避ける様に手を添えてタバコに火を付ける。カチカチと何度かライター音をさせて、空に向けてタバコの煙を吐き出す。
「お兄さんはさ、犯した罪を背負う辛さを知っている。それを裁かれずに1人背負い続ける辛さを……」
千尋は遠くを見つめ風に髪を揺らしながら話し始める。片方の膝を立てて、肘を置きタバコを咥える。
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