甘い心臓

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むせかえる程の熱気に吐き気がした。 教科書を胸に抱え、渡り廊下を駆けると澱みない雫が背中を滑り落ちる。 今日も暑い。 パタパタ駆ける足音と、重なる様に響く蝉の合唱。 やばい、遅刻しちゃう。 いつも昼寝している私を起こしてくれた親友。 その子はいない。 1か月前から行方不明だ。 でも1人だけではない。親友で4人目だ。半年ぐらい前から女子生徒が行方不明になっている。 しかも、彼女たちを最後に目撃したのは校内なのだ。だから、彼女たちは今もこの学校のどこかにいる。きっと。 今も生きているのか? はたまた死んでいるのか? それは誰にも分からない。 晴れるわけでも、曇っているわけでもない、そんな空をよそ見した時、角ばった白い背中が突然、目の前に飛び込んできた。 「うわっ!」 「きゃっ!」 私は教科書をばら撒き、後ろ向きでそのまま廊下へ倒れ込んでしまった。 しまった……よそ見して走っていたら、誰かにぶつかっちゃったみたいだ。 「大丈夫か?」 ニョッと伸びてきた白衣の腕。それは半年前に新任してきた理科の白石先生。相変わらず無口で物静かで、ひっそりとした存在感を醸し出している。 「あ、ありがとうございます……」 ぐいっと引っ張られた時、先生の太い親指が私の手首を圧迫した様な感覚がした。   「いい脈動だ。いい心音だ」 その時は、その意味が分からなかった。 その時は……。 数日後、私は白石先生の理科準備室に呼ばれた。「手伝って欲しい事がある」と言われ、私は今、その部屋の前にいる。 コン!コン! 「中、入っていいぞ」 素っ気ない言葉が返ってくると、私は扉をゆっくり左側へ引いた。〝開けてはいけない〟と心が叫んだように聞こえたが、吸い込まれるまま、その部屋に足を一歩踏み入れる。 部屋の中は、真っ黒いカーテンが一面を覆っていて、一箇所だけ蛍光灯が灯って薄明るい。 その中にいる薄白い印影が、グワッと襲いかかると、口元を塞がれた私は、その場で気を失った。 ピッ ピッ ピッ ……何だろう? 聞き覚えのある機械音。 懐かしいような感じもする。 「やっと目が覚めたかい?」 目蓋をパッと開けると、目の前には白い天井と銀色枠の蛍光灯。 チカチカ……点いたり、消えたり。 ピッピッピッ その音がリアルに鼓膜を刺激する。 私は硬い机の上に寝ているみたいで、なぜか両腕も両足も机に固定されていて動けない。 そして、首を胸に引き寄せると、上半身だけ下着姿にされていた。その胸元には小さなモノが貼られていて、そこから細い管が無数に伸びている。 「やっぱり、いい波紋だ」 机の隣にいる白石先生が、意味深に呟く。 その前には何かのモニター。 あ、このモニター。 この伸びている管って…… ピッピッピッ この機械音は…… 「心電図……」 「そうだ。心電図だよ。君の心音が合格か見ているんだよ。最高にいい波紋をしているよ」 先生はうっとりした目付きでそのモニターを眺めると、ベランダから何かを持って戻って来た。それを私の頭の横に差し出す。 それはトマトの鉢だ。 くるくると巻きついているツルに、数個垂れている赤い丸い果実。 朝露に濡れるトマト。 「これを見てごらん?」 節々しい指先が指すのはハート型のトマト。 「可愛いだろう?」 私は今更、声が出せない事に気付く。口にガムテープを貼られてて、声が出せない! 私は体を左右に揺らす。 「これが大きく育つ頃、新しい生贄が必要になるんだ。次で5人目かな?」 ま、まさか、行方不明になった生徒たち…… 親友を誘拐したのは……それは 白石先生なの?! 先生は、拳ぐらいに育ったその赤い果実を指先で撫でた後、ブチッと引きちぎった。そのハートを私の心臓の上へ静かに置く。 そのひんやりとした感触が、全身の循環を逆に早め、機械音が加速する。 「さぁ、君の心臓と、この甘い心臓を丸ごと交換をしよう」 「美菜に捧げる為に、だ」 (つづく)
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