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「今回から歳末イベントの実行委員に加わることになった、携帯ショップの浅木くんだ。みんなよろしく頼むよ」
焼き鳥屋の若大将、中村さんの声に合わせて、僕は頭を下げる。
いつもの癖で90度腰をまげて。
月曜日の夜七時半。商店街の中央に建つ古い会館(みんなは「辻川会館」と言っていた)に集まっているのは、商店街の「若手」と呼ばれる十人だった。
僕には、この人数が多いのか少ないのかわからない。
よく考えれば、そもそも商店街に店が何件あるのかも知らないのだ。
この地に赴任して一年半。
昔ながらの街道沿いにつくられた商店街の、端から端までをしっかり見たこともない。
アーケードが東西に貫き、入るのに勇気がいるような厳めしい構えの店からファーストフード店、最近できた町屋風のカフェまで、百軒以上は並んでいる。
他にも店を閉めて普通の家になっているところや、更地にして放置されている場所、僕の店みたいに立て替えてチェーン店が入っているところもあって、よくいえば新旧とりまぜて、悪く言えばちぐはぐな、そんな印象。
買ったことのない店の方が圧倒的に多いので、情けないことに、十人の「若手」が自己紹介してくれても、「あの店か」とパッとわかる方が少なかった。
驚いたのは、僕が想像していた「若手」は僕をいれて二人だけだったことだ。
焼き鳥屋の若大将を筆頭に、残りの七人はすでに家庭があったり、そうでなくても所帯じみているというか、一軒の店をしょって立っている貫禄からか、およそ「若手」のイメージではなかった。
ネクタイにスーツ姿は僕一人で、あとはみんな私服だった。
当たり前だ。自営業の店に制服なんかないのだ。
それだけのことなのに、自分だけがものすごく場違いな所に来てしまったような気がする。
本社の研修や会議とは全然違う雑然とした雰囲気。
コの字型に並べられた机に、等間隔に座らない人たち。
見回すと、スポーツ新聞やスマホを片手にひじをつき、やる気のなさそうな人もいる。
生まれも育ちも商店街の人たちなので、全員が顔見知り。
なんというかアウェー感満載だった。
うながされて席に着くと、隣の人が「所長命令?」と聞いてきた。
あいまい会釈すると、
「大変だねえ。地元民でもないのに」
ともう一人の僕が「若手」だと思った男の人を見た。
その人は、僕たちの方を見て
「みずなみ信用金庫の柳です。自分も所長命令です」
と白い歯を見せて笑った。
柳さんは小柄だけど胸板が厚く、栄一郎さんとはまた違う「鍛えてます」オーラを出していた。
その時、会議室の扉が勢いよく開いた。
「遅れてすみません」
不機嫌そうな声を出しながら入って来たのは、細身の女の人だった。
肩甲骨辺りまでのびたサラサラの髪がユラリと揺れて、面長の顔が現れる。
若い。僕より少し上くらいか。
「なんだよ、碧。もう来ねえんじゃなかったのかよ」
さっき「所長命令?」と聞いてきた僕の隣の人が、肘をついたままからかうような口調で言う。確か魚屋だと言っていた。
「和菓子屋なんか継がない、商店街の青年部なんてやってられない、とかなんとかほざいといて、よく顔出せるな」
碧と呼ばれた女の人は、魚屋をチラリとも見ることなく、乱暴にあいている椅子に腰かけた。
たくさん人がいる中で、怒ってますオーラを出せるなんて、すごいというか、お近づきになりたくないというか。
「もうよせ、ケンちゃん」
焼き鳥屋の中村さんが、口をはさむ。
「オレが碧に出てくるよう頼んだんだよ。ほら、オレら青年部って言っても30代のおっさんばっかだからさ。20代の女子の意見ってのは貴重だろ」
碧と呼ばれたその人は、不機嫌さを隠す様子もなく、トートバックを机の上に置いた。
それから、ふと顔をあげた。
視線を逸らすのが一瞬遅れ、バッチリ目が合ってしまった。
あわてて会釈をする。
碧さんは、数秒僕を見つめ、怪訝な顔のままゆっくり会釈をした。
「ああ、紹介しておくよ。今日から参加することになった携帯ショップの浅木くん。彼女は、和菓子屋の娘で森下碧さん」
「よろしくお願いします」と小声で言って、もう一度頭を下げる。
森下さんは、無言のままそっと髪をかき上げつつ、あごを突き出す程度の軽い会釈を返してくる。
なんか怒られているみたいで、居心地が悪かった。
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