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歳末イベントは、例年、お買い上げ金額に合わせて配られた福引き券で抽選ができる抽選会と、商店街の若手じゃないメンバー(多分けっこうなお年なんじゃないかと推測)中心のお餅つき+お餅のふるまいが行われている。
これはかなり昔からの恒例イベントで、もちろん今年も続行。
そこにプラスアルファとして、五十周年の特別企画が行われる。
それを企画実行するのが、青年団の役割なのだ。
前回の会議では、百円市や目玉商品のオークション大会、鑑定団などのテレビ番組とのタイアップ、ギネスに挑戦、落語会、コスプレ大会など、アイデアはたくさん出たらしい。
でも、どのイベントが1番集客できるのか、予算的にどうなのか、などの具体的な部分がなにも見えず、時間切れで終わっての今日の会議ということだった。
「いろいろ調べてみたけど、テレビ番組とのタイアップは、準備期間が短すぎて無理だった。最低半年前には申し込まないとダメだとさ」
焼き鳥屋の中村さんが口火を切った。
ケンちゃんと呼ばれた四角い顔の魚屋が続ける。
年は中村さんと同じくらいだろうか。
「ギネスも無理だな。申請するだけで30万かかるし、判定員呼んだりしたら、あっという間に150万だ。何に挑戦するかによっては、半年以上かかるし」
魚屋は、首に巻いたタオルで顔を拭く。
もう夏は終わったというのに、古そうなビーチサンダルを履いている。
「予算的に有名人呼んでくるのも無理だし、素人の落語会なんて、人呼べねえだろ。オークションだって、オレたちで準備できる目玉商品なんて、たかが知れてるんじゃねえの? 高級車とか準備できるわけねえんだし。せいぜい電動自転車とか大型テレビとか、その程度だぜ」
ポンポンと発する言葉はちょっととがっているように思えて、ハラハラしてしまう。
「あんまり大げさにせず、夏の縁日イベントの冬版程度でいいんじゃねえの。かき氷の代わりにおでんやぜんざい売るようなさ」
「ケンちゃん、そんなんじゃ、おやっさんたちにどやされっぞ。新しい発想で街づくりをってことで若手集めたのにって」
「うっせえ。一番、文句言いそうなのは、お前んとこの親父だろ」
ケンちゃんと呼ばれた魚屋がそう言い、みんなが笑う。
いや、笑ってるのは、僕とみずなみ銀行の柳さん、それと遅れてきた森下さん以外か。
話し合いは近所の噂話から政治の話までさまざまに脱線し、その合間に出たアイデアにだれかがダメ出しをし、少しも前に進まないまま時間だけがすぎていく。
もう21時を回ってる。富永所長が言っていた「エンドレス」と思い出して、ぞっとする。
「碧には、なんかアイデアあるか? せっかく来てくれたんだ、なんかしゃべれよ」
中村さんが、軽い口調で話をふった。
森下さんは、いつのまにかひとまとめにくくった髪を揺らして、さっそうと立ち上がった。
「歳末イベントの最大の目的は、人集め。たくさんの人に商店街にきてもらうこと。その上で、各店の売り上げが伸びるか伸びないかは、各店舗の努力しだいでいいんでしょ」
凛と響く声だった。ひじをついたままだった魚屋がゆっくり体をおこす。
「つまり、五十周年の今年、例年よりもたくさんの人を呼ぶことが青年団に課せられたミッション。だったら大げさなこと考えずに、子どもを巻き込むだけでいいと思う」
森下さんの背筋がピンと伸びた立ち姿は、きれいで、不思議と迫力があった。
「辻川会館の前の広場に簡単なステージ作って、発表会をする。出るのはできるだけ子ども。そしたら、子どもを見るためにその親、兄弟、両方の祖父母全部出てくる。今はそんな時代なんじゃない?」
「地味じゃねえ?」
だれかが口をはさんだ。
「当たりさわりがなさすぎっていうか、もうちょっと『おっ』って思える方がいいんじゃんえの?」
「……でもよ」
魚屋がつぶやく。
「うちの子の運動会、あの親父が店閉めて行ったんだぜ。確かに、子どもがステージに立つってのは、単純に人は呼べるかもな」
彼女は無表情のまま、続ける。
「さらにするなら作品展示。商店街を描こうコンテストとか、幼児向けなら塗り絵配布して集めて飾るとか」
「それだったら公民館のサークル関係にも声かけられるかもな。うちのばあさんも入ってんだよ」
「子どもの発表や自分の作品を見に来る、か。パッとはしないけど、しっかり宣伝しておけば来る人は多いかもな。何より予算も少ないし、それが一番現実的か」
中村さんがまとめると、ケンさんとはじめ、数人がうなずいた。
「私の勤めてるダンススクールの生徒にも、出場するよう声かけてみる。けっこう遠方から来てる子もいるし、商店街のいい宣伝になるんじゃないかな」
森下さんは、最後にそう言ってすっと座った。
ダンスやってるんだ。だからスタイルも姿勢もいいのか。
そう思って見ていたら目が合って、あわててそらした。
「ああ、和菓子屋の碧ちゃん。知ってるわよ」
次の日、開店前の店の中で所長と昨日の会議の話をしていたら、池田さんが割り込んできた。
「短大出て東京で就職したって聞いたけど、3年ほど前に帰ってきてね。今は駅前のダンススクールで先生やってるんじゃなかったかしら」
「さすが池田さん。情報通ですねえ」
所長がからかうと、
「おばちゃんネットワークは、蜘蛛の巣のようにあちこち張り巡らされてるからね」
池田さんが、元気よく所長の背中をたたいた。
「なんか、すごく濃い人間関係で、僕なんかが入る余地ないです。所長命令か、とか言われて、あれじゃ、本社の研修の方がいくらかマシですよ」
僕は、大げさにため息をついてみせる。
「まあまあ、まだ1回目だから」
所長は笑いながら、店の展示品のスイッチを入れていく。
1番メインのタブレットが、宣伝用のCMを流しだす。
直斗の曲はじわじわと話題になり、わが社のネットの動画回数の記録を更新しそうだという。
地方限定だったけど全国区にもなるらしい。
きっと近い将来テレビにも出てくるだろう。
あの時の僕たちみたいに、だれかのバックダンサーではなく、中央で堂々を歌うために。
時々胸がザワリとさわぐ。
僕は、その番組を見るんだろうか。
店の中で何度も直斗の曲を耳にしながら、自問する。
そして、同時に思う。
ヒデは、今何をしているんだろう。
どんな気持ちを直斗の歌を聞いているんだろう。
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