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あの頃はまだ高校生だった。 芸能事務所に所属して、ダンスのレッスンを受けるのも、たまに先輩のステージのバックで踊るのも、なんというか、部活みたいな感じだった。 友達に誘われて、なんとなくオーデションを受けて、なんとなく事務所に入ったせいかもしれない。 隙あらば「上へ!」とギラギラした人もいたけど、僕は、たまにテレビや雑誌の隅っこに顔が映っただけで十分うれしかったし、満足していた。 バックダンサーの中から新しいユニットが組まれることになったのは高二の夏だった。 オーデションではなく、今までの様子やこれからの日々の様子を見て、誰を選ぶか、何人選ぶかを決めるという。 噂では、もうすぐデビューする「ZAK」の専属バックダンサーではないかという話で、「ZAK」とセットでまとめて売り出そうとしていると言われていた。 レッスンの後、ヒデが声をかけてきた。 「選ばれるかな」 「どうだろ」 事務所の玄関で外靴に履き替え、二人並んで外に出た。最寄りの地下鉄の駅へと向かう。 「何を基準に選ぶのかな。ダンスのうまさ? 歌? アイドルだし、やっぱ顔?」 「わかんないよ。そんなの」 「なんだよ。慎也はつれないなあ」 ヒデは、持っていたペットボトルを飲み干し、自販機の横のゴミ箱に放り投げた。 「身長のバランスとかはあるんじゃないの?」 「身長ねえ」 「『ZAK』より高いとだめとか」 「だったら、オレ、ダメじゃん」 背の高いヒデが大げさに頭をかかえる。 ヒデのこういう陽気さが僕は好きだ。 同じオーデションで合格した者同士は年齢に関係なく「同期」と呼んでいて、ヒデは数少ない同期だった。 練習初日の帰りの地下鉄で一緒になり、それ以来仲良くしている。 ピッという電子音を響かせて、改札を通る。 「もし、選ばれてさあ、『ZAK』のバックで、テレビにバンバン出るようになってさあ、人気なんて出ちゃって、デビューとかになったらどうしよう」 ジャージが入ったリュックを背負いなおしながら、ヒデが言う。 ヒデは、黒目がちな垂れた目とくるくるよく変わる表情のせいか、王子様みたいだなあと思うときがある。 まあ、性格は王子様から程遠いんだけど。 「応援するよ」 僕がさらりと答える。 「なんだよ。慎也は選ばれたくないわけ?」 「そういうわけじゃないけど」 ……そうだ、あの時僕はヒデにそう言った。 高二の僕のそれが本心だったと思う。 あの時は、コンサート会場でのその他大勢百人の一人くらいだったし、テレビや雑誌の端っこに写れば大騒ぎをした。 選ばれて、その先にデビューが待っている、そんな存在に憧れていないわけではなかった。 でも、そんなものは夢のまた夢だろう、と思っている自分もいた。 だからこそ「そうなりたい」と言葉にすることにかっこ悪さみたいなものも感じていた。 「そういうわけじゃないけど」 ヒデにそう言った日から二週間後、夏休みに入ってすぐ新ユニットのメンバーが発表された。 「LAN」という名のユニットは、全部で九人。 高校生は僕とヒデ、それから直斗の三人だけで、あとは中学生ばかりの若いユニットだった。 「LAN」は、噂通り「ZAK」のバックで踊ることになった。 「ざっくばらん」にひっかけたユニット名だと後から聞いた。 「ごちそうさま」 肉じゃがと軽めの白ごはん、買い置きの五目豆、レトルトのみそ汁、缶ビール一本。それらをきれいに平らげる。 なんとはなしについていたニュース番組が終わり、続いて流れる深夜のバラエティ番組の予告が流れる。 その中に「ZAK」のメンバーが笑っている。 僕は、無言でテレビを消した。
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