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森下さんのいう店は、ビルから駅をはさんですぐのところにあった。 ランチでよく利用するということだったが、夜はなんというかおしゃれなバーみたいな感じで(そんなところ行ったことないけど)、僕が栄一郎さんと飲みに行くような店では全然なく、いつもなのか、たまたまなのか、お客はカップルばかりだった。 二人がけのソファ席に案内しようとした店員に僕があたふたしていると、森下さんは「普通のテーブルでお願いします」と硬い顔をした。 「まずはお飲み物のご注文を」と言われ、その流れでなんとなく二人でアルコールを注文する。 「ごめん。お店、夜はこんな感じなんだね。昼にしか来たことないから知らなかった」 「いえ、あの、全然いいです。今夜はもうコンビニ弁当かなって思ってましたから、温かいもの食べれるし」 「ほんと?」 「まあ、正直ちょっとドキドキしてますけど」 「そんなの」 森下さんの目がキョロキョロする。 「……私もしてるよ」 そう言って、ふてくされたようにおしぼりの袋をビリビリと破った。 違うな。ふてくされてるんじゃなくて、多分困ってるんじゃないかな。 だいたい目が泳ぐときは、困ってるか緊張しているとき。 ガッツリ目を合わせてくるときは、ダンスのことを話しているときか怒ってるときで、それ以外は、基本的にはあんまり目が合わない。 何を冷静に分析してるんだ、と思いながらも、口の先を少しとがらせながら手を拭く森下さんを「かわいいかも」と思ってしまった自分がいて、もっとドキドキする。 いつもは、ちょっと怖いお姉さんって感じなんだけど。 それぞれのグラスが届き、僕たちは無言のまま口をつける。 「昨日は、ひどいこと言ってごめんね」 森下さんは、目を合わすことなく言葉を発した。 「いえ、あれは僕も……」 「ううん。浅木くんは何にも悪くない。私が勝手に怒って、勝手に帰っちゃっただけ」 森下さんは、ゴクンと音が聞こえるくらいに勢いよく飲み込む。 僕ではなく指先を見つめたままで、何度も瞬きをする。 「浅木くん、がんばってくれてるのに。踊りたいっていう私のわがままにつきあって、人数集まらなくても文句言わず毎回練習にも顔出してくれてるのに。ほんとにごめんなさい」 僕が何かを言う隙間も与えず、森下さんは言葉を並べていく。 「わかってるの。ほんとは、みんな踊りたいわけじゃないし、別に素人のダンスなんか見たい人もいない。踊りたいって、ムキになってるは私だけで……」 いや、だれもそこまで思ってないけど……と言いかけて、やめる。 森下さんがまっすぐに僕を見ていたから。 「だから、嬉しかった」 「え?」 「青年団のみんなで踊ろうって、浅木くんが言ってくれて」 「へ?」 「もうやめよう、じゃなくて、違う方向を示してくれて」 「まあ、苦しまぎれのアイデアですけど」 「私、ステージじゃ完璧なものを見せたい、見せなくちゃって思いこんでた。商店街のイベントなんだもの。そういうものもありか、って、なんだか目からウロコだった」 森下さんはそう言って、ふっと笑った。 前菜のマリネとサラダが運ばれてきたので、二人で「いただきます」をする。 続けてスープやパスタが運ばれてくる。しばらく無言で食べている間に居心地の悪さは薄れていき、僕たちは二杯目のアルコールを注文した。 「子どものころから、いつかダンサーになるんだって、ずっと思ってたの」 半分ほど食べたころ、森下さんがボソっと話しはじめた。 「普通に短大出たけど、あきらめられなくて就職せずに東京に行ったの。東京でダンスのスクール入りながらいろんなオーデション受けてさ。けっこうビッグネームのミュージシャンのコンサートのサポートダンサーとか、某有名アミューズメントのパレードダンサーとかやってたんだ。踊ることは楽しかったし、より高みを目指していくことはとても刺激的だった。でも……」 森下さんは、ゆっくりとフォークを回す。 トマトソースの海の中を黄色いパスタがくるくるとうずを巻く。 「当たり前なんだけど、どの現場にもいろんな人がいて。目指す場所も一緒のようで、ちょっとずつ違ってて。多分、今思えば、ほんのちょっとの違いでしかなかったのかもしれないけれど。私は私と違う人と合わせたり調整したりがうまくできなくて。いろんな人とぶつかって、傷つけたり傷ついたりの繰り返し」 手を止めると、パスタのうずがゆっくりとほどけていく。 スルリスルリと全部ほどけてそれからもう一度うずを作る。 「結局、逃げてきちゃった……」 僕は、だまってビールを飲む。 店のムーディーな音楽と他の客たちの小さなざわめきが僕たちを囲む。 ここだけがぽっかりと浮かんでいるみたいに思えた。
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