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その日は珍しく、開店前からお客さんが外で並んでいた。 「今日は多いな。土曜だからか」 栄一郎さんが、ディスプレイのスイッチを入れながら話しかけてきた。 「なんか、女子ばっか」 「ほんとですね。高校ももう冬休みなんですかね」 「どうだろ」 あまり見かけないちょっと派手めの服を着た女の子たちが、ガラス越しにこっちを見ていた。目が合う。盛り上がる女の子たち。 なんだ、この感じ。ふっと「LAN」時代の感覚がよみがえる。 スタジオで出待ちをしていたファンの子たちと同じ反応。 どういうこと? いぶかしる僕をおいてけぼりにしたまま、開店時間がくる。 池田さんがスイッチを入れると、スッと自動扉が開く。 「いらっしゃいませ」と店員一同が頭を下げる。 いつもと同じ朝のはずだった。 だけど、女の子たちは僕のところにやってきた。 「『LAN』の慎くんですよね。『ZAK』のバックダンサーの」 「今でも『ZAK』と連絡とってるんですか?」 「写真撮ってくださーい」 矢継ぎ早に言われて、言葉につまる。 他の客が何事かとジロジロと見てる横で、所長や栄一郎さん、池田さんがポカンとしているのが見えた。 「いやだあ、浅木くんってアイドルだったのねえ。人が悪いわあ。内緒にしとくなんて」 閉店した店に、池田さんの声が響く。 結局、この日は朝の女子集団の他にも数組の「浅木慎也」目当ての客がきた。ストレートに写真やサインを求める人から、こっそり隠し撮りをする人、店の外からずっと見てるだけの人と様々で、直接店が不利益を被ることはなかったけどなんだか落ち着かず、昼すぎには所長が「今日は裏方やってろ」と、僕を店から隠してくれた。 「原因はこれだな」 栄一郎さんが、商店街のブログを見せてくれた。 ツジカワーズのダンス練習の記事の下に、いくつかのコメントがついていた。 #ZAK #LAN と#も並んでいる。 僕が「LAN」のメンバーだと気づいたことが書き込まれていて、それを受けるように当時ファンだった人たちや、そうでないない人たちがコメントをつけているようだった。 純粋に僕がここで元気にやってることを喜んでくれているコメント、こんな地方に元有名人(別に有名ってわけじゃないけど)がいるという驚きのコメントがほとんどで、それは救いだったけど、それでもやっぱり気は重かった。 「人気者なのねえ」 池田さんが、コメントを読み進めながらつぶやく。 「今日来ていたのは、多分『ZAK』のファンですよ。僕を通して『ZAK』とつながりたいというか、『ZAK』のバックの人としゃべっちゃったーみたいな感じ」 「なるほどねえ」 「僕のファンなんか、もういませんって」 「あら、わかんないわよ」 池田さんは言いながら、パソコンに何かを打ち込んだ。 「あ、出てきた。若かりし浅木慎也」 「何見てんですか。やめてくださいよ。恥ずかしい」 画面には、事務所が配信していた動画が映っていた。 ヒデが真ん中でしゃべっている。 その横に中坊たちがいて、一番端に僕が笑っていた。 「おおっ、アイドルだ」 栄一郎さんも所長も画面をのぞく。 「勘弁してくださいよう」 僕が情けない声をだしたと同時に、ドンドンと扉をたたく音がした。 画面をのぞく三人をおいて、僕がロールカーテンをあける。 ガラス戸の前で、中村さんと魚屋のケンさんが立っていた。 「見たぞ。元アイドル」 ケンさんがニヤリと笑った。 歳末イベントまで、あと一週間にせまっていた。 期せずして、僕のカミングアウトは終わってしまった。 明日は日曜日だしもう少しめんどくさい反響があるかもしれないけど、僕は大丈夫だと、変な確信があった。 それよりも。と僕は携帯を取り出した。 森下さんは、もう知っただろうか。 僕が「ZAK」のバックで踊っていたと知ったら、どう思うだろう。 「ジャンプ」を踊ろうと言った僕のことをどう思うだろう。 過去の栄光にしがみついていると感じるだろうか。 「私、この曲好き」と珍しく優しく笑った顔を思い出した。 LINEの着信はない。 「実は、僕、バックダンサーだったんです」なんて僕から言うのも変かなあ。 ベッドの上にドサリと身を投げる。ヒデにも連絡しなくっちゃ。 23時。まだバイトしてる時間かな。 ヒデは、小さな劇団の役者をしていると言っていた。 だから、オレは直斗のプロフィール公開には賛成なんだけどな、宣伝になるし、と笑った。 バイトかけもちして舞台の稽古して、毎日忙しいけど、まあ、なんとかやってるさ。 東京に来ることがあったら、見に来てくれよ。チケット送る、ってか、ほんと小さい劇団だから、オレ受付にいるし当日券でいけるし。 小さいビルの地下の劇場。受付にたつヒデ。 暗いロビーで「久しぶり」「がんばれよ」なんて言葉を交わす僕たち。 「ペアのソファ席とっといたから」とヒデに言われ、僕は隣を見る。 隣にはポニーテールの森下さんが……。 「わわわっ」 何考えてんだ。ベッドから飛び起きて、首を振る。 風呂場に行って、風呂のふたを閉め、「お湯はり」スイッチを押す。 冷蔵庫をあけてビールを取り出して、やっぱり片付けて、テレビをつける。 「ジャンプ」を起用した予備校のCMが二回続けてかかり、せかされるように僕はヒデに電話をかけた。
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