21人が本棚に入れています
本棚に追加
日曜日の店には、やはりひやかしの客が数組来たけど、大きく混乱することはなかった。
僕だけでなく、お店のメンバーみんなに心の準備ができていたこともあって、僕も堂々と表に出た。
その夜の練習は、青年団のまだ知らなかった人たちが大騒ぎして、一通り昔の映像を見て(めちゃめちゃ恥ずかしかった)、あっさりと練習に戻った。
まあ、だいたいみんなが興味あるのは一つ。
「『ZAK』と知り合いなの?」ってこと。
「向こうは忘れてるかも」とか「連絡先なんか交換してるわけないでしょう」なんていうと会話は終了。
ありがたいことに僕があんなにおびえた書き込みにも、表立ってはだれに何も言わなかった。
森下さんは、別に何も言わなかった。
他の人たちと一緒に動画は見ていたけど、特別なコメントはなく、でも、変に目を泳がせながらダンスの最終チェックをしていった。
あの目の泳がせ方は、困ってる方だなあ。
僕のことを知って、どう対応したらいいのかわからないといった感じ。
普通にしようと思って、無理して普通にしている感じ。
まあ、別にいいけど。
笑えたのは柳さんで、「僕もカミングアウトしていいですかね」と自分で「この柳って人、体操の元日本代表じゃないですか~」と書き込みをして、みんなから「自分で言うなよ」とブーイングを受けていた。
商店街のクリスマスセールが終わり、辻川会館は歳末イベントに向けての飾りつけが始まった。
幼稚園や小学校から集めた絵画や書道を張り付ける。
公民館サークルの絵手紙や手芸品などの作品は、机や暗幕の準備のみで、あとは先方にやってもらう。
司会者との打ち合わせ、立て看板作り、仮設ステージの設置、福引の景品の紹介、福引券の配布枚数、「ツジカワーズ」の応援団(青年団のメンバーの奥さんや子どもが中心。わが店からは池田さんが入団中)応援メッセージ、ブログは歳末イベントに向けての動きを逐一報告していく。
僕へのコメントはもう落ち着きを見せ、反対に柳さんへのコメントが殺到。「バック宙スゲー」みたいなものが多くて、リクエストされて、信用金庫のロビーですでに何回も回ったのだと言っていた(柳さんはその動画も自分でアップしていた)。
四人ダンスの最後の練習日は、四人で中村さんの店に焼き鳥を食べに行った。
「文化祭みたいですよね」
柳さんは、すでにビールで真っ赤だ。
「残業代も出ないし、最初はめんどくさいと思ってたんですけどね。ケンさんとかに『社長命令でやってんだろ』とか言われるし」
「わかります。初めていった会議のアウェー感、半端なかったですよね」
僕が言うと、柳さんは何度もうなずいた。
「ずっとオリンピック目指してて、でも、届かなくて。いっそ体操とは全然違うところに身を置きたくて、サラリーマンになったけど、心のどっかでは、何かがくすぶってたんだよなあ」
柳さんは、砂ズリの串を口に運びながら続ける。
「でも、ロビーやお客さん家の玄関でバック宙するうちに、変な話、なんか吹っ切れた気がする。こうなったら、当日もグルグル回っちゃうよ~」
「かっこいい」
僕が口をはさむと、「踊ってる浅木くんには負ける」と笑い「でも、本当は焼き鳥焼いてる中村さんが、一番かっこいいっす」とすっかり酔っぱらいになっていた。
森下さんの友達は先に帰ってしまったので、でろんでろんの柳さんをタクシーに押し込んだら、森下さん二人だけになった。
「送りますよ」
と自転車を押して歩き出す。
「送るも何も、うち、すぐそこだけど」
森下さんも笑いながら歩き始めた。
「いいじゃないですか。すぐそこでも、送ります」
「ありがとう」
年の瀬の夜の商店街はしんと静かで、吐く息だけが白く、そこだけが温度を持つかのようだ。
僕の温度。森下さんの温度。
「柳くん、楽しいって言ってくれて嬉しかった」
声と一緒に、森下さんの周りが温かくなる。
「文化祭みたいって、なんかうまいこと言うよね」
「そうですね。僕もそんな感じ」
「前にも言ったけど、私ステージ立つなら完璧なダンス見せなくちゃって思っちゃって。ずっとそういう世界でダンスしてたし」
森下さんはそう言って、ちょっと笑った。
「だからさ、高校の体育祭でダンスしたとき、クラスで浮いちゃって。今なら、わかるわ。なんで浮いたのか」
僕もつられて笑う。なんか、目に浮かぶし。
「実は、最初反対されると思ってたんです」
「え?」
「ツジカワーズで踊るって言ったら、森下さん嫌がるだろうなって。だから、どうやって説得しようか、めっちゃ悩みました」
辻川会館の前を通り過ぎる。立派な仮設ステージができている。
本番はもう明後日だ。
「結果、拍子抜けするほどあっさり承諾してもらったんですけど」
「あはは。そうだったね」
森下和菓子店が見える。
小さなショーウインドーは真っ暗で、入り口にはカーテンがかかっている。
僕たちはゆっくりと並んで歩く。
「この前二人でご飯食べたとき、浅木くん言ったじゃない。大きな夢はないけどそれは悪いことじゃない、って」
「言いました」
「ああそっかあ、って思ったの」
「え?」
「なんだろ、妙に、ストンと自分の中に落ちたというか、そうだよねえ、それもありだよねえ、みたいな感じで」
森下さんが、ふう、と白い息を吐く。
「このところ、ずっと考えてたの。浅木くんて、竹みたいだよね」
「竹ですか」
「そう竹。困ったことがあっても、しなやかに方向転換ができるの」
もう店の前だ。森下さんが立ち止まって僕を見た。
「こうでなくちゃってドバーっと突き進んで、ぶつかって身動きできなくなっちゃう私に対して、こうしたらいいんじゃない? って、サラリと違う道を示してくれる」
僕も足を止めて、自転車のスタンドを立てた。
静まり返って無色透明な商店街の中に、僕と森下さんだけがほんわりと温かく色がついている。
「森下さんの思いこんだら一直線なところは……」
「ところは?」
森下さんが、ボクをまっすぐに見つめる。
「イノシシみたいです」
「それ、ほめてないと思うけど」
森下さんのほっぺがぷっとふくらむ。
「そういうところが好きってことです」
そっと抱きしめた。
最初のコメントを投稿しよう!