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「いらっしゃいませ。番号札をお取りいただき、しばらくお待ちください」
客が入ってくると、九〇度に腰を曲げあいさつをする。
新規契約、他社からの乗り換え、機種変更、契約内容の変更、使い方の問い合わせ、クレーム、冷やかし……訪れる客のニーズは様々だけど、あまりびっくりするようなことは少ない。
ごくたまにあるモンスター客の大クレームは、ベテランの先輩か所長が対応するので、僕はまだ気楽な立場だ。
僕にとって大変なのは、携帯の機種が新しくなるたび、新しいアプリや機能を覚えたり、料金設定の変化やキャンペーンが始まるたび、一度覚えた価格を上書きするように覚えなければならなかったりすること。
特に、年に数回あるキャンペーンや土日の売り出しは同じ内容の契約なのに昨日と今日で料金が違うという状況になるので、ほんとにややこしい。
今日はもうお昼すぎだというのに、番号札は3のまま、客足は止まっていた。午前中や昼の早い時間は、主婦層やもう少し年配層がほとんどだ。
僕がショーウインドーのガラスを拭いていると、パートの池田さんが話しかけてきた。
「ねえ浅木くん、聞いた? 今年の商店街の歳末イベント、なんかいつもより盛大にやるみたいよ。五十周年なんだって」
「イベント?」
池田さんは大げさに口をすぼめる。
「ほら、商店街で買い物したらもらえる抽選券ためて福引したり、お餅つきしたりする、あれよ」
「ああ。僕、去年はサンタの服着てティッシュ配りましたよ」
「そうそう、うちの店はこの辻川商店街の中では新規だし、所長もちょくちょく変わるから、イベントごとは店の前でティッシュかうちわ配るくらいでお付き合い程度にしか参加してなかったんだけどね。ほら、今度の所長、富永さん、好きでしょ、そういうの」
あ、わかる。こないだの学園祭のティッシュ配りも、「イベントには出没すべし」で行かされたし。赴任早々、農家のおっちゃんに笹をもらって七夕飾りを作ったり、お月見の日には客に団子配ったり。
前の所長は淡々と日々の業務をこなすだけの人で、僕はそんな働き方しか知らなかったから、最初はとても驚いた。
池田さんなんかあからさまに「仕事は増えるけど客は増えない」と文句を言ってる。
「だからさあ、今年はうちも企画段階から参加させてくださいって、こないだの会議で言っちゃったみたいよ」
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