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「せめてもの協力だ。ヒデの勉強はオレが見るよ」 直斗が皮肉っぽく笑うと、ヒデが吠えた。 「いらねえよ、オレ一人でやるってば。直斗は本読んでろ。バカ」   直斗はよく本を読んでいた。昔の堅苦しい小説からタレントのエッセイ本まで、ジャンル問わずの乱読派なのだと自分で言っていた。 「たくさんの言葉を浴びるように読まないと、アウトプットできない」そうで、「アウトプットって何すんの」と問うヒデに、「秘密」と答えてた。 今思うと、あれは曲作りのためだったのだ。 直斗は自分で曲を作っていた。もちろん浴びるように読んだ言葉を紡いで歌詞も書いていた。 その自作の曲を初めて聞いたのは、高二の冬だった。 「ZAK」の人気は思うように伸びず、秋以降の雑誌やテレビの露出は数えるほどで、小さな会場でのイベントやネット配信などの地道な活動を展開していた(もちろん、僕たちも同行して踊った)。 事務所の先輩が出演する映画を見た後、僕たちは、めずらしく直斗の家に遊びに行くことになった。 駅から自転車の直斗を追いかけて僕とヒデは走ったけど、ずいぶん遠くて、「まだかまだか」を連発し、「まだか」と声に出すパワーもなくなったころやっと家についた。古い団地の五階だった。 直斗のお母さんが入れてくれたホットココアを飲みながら、僕たちは直斗の歌を聴いた。 「隣の人が引っ越して、歌い放題」と笑う直斗が、ボロロンと力強くギターをはじく。なに者でもない「オレ」が夢に向かってあがく、そんなバラードだった。 直斗の甘い声。特に高音域で伸ばした声は、男の僕でもうっとりする。そうだ。直斗の声は「うっとりする」という表現がふさわしい。 ぶれない安定感と甘美なセクシーさ。 弾き語る直斗は、いつもみんなで踊っているより、ボイストレーナーの前で歌っているより、ずっと存在感があって、かっこよく見えた。 「お前、アイドルとかダンスよりこっちの方がいいんじゃないの。社長に歌聴いてもらえよ」 ヒデが言うように、僕も同じように思った。 直斗は、ボロロンとギターを鳴らす。 「もちろん、聴いてもらったさ。だけど、うちの事務所はアイドル専門だからね。そっち方面でデビューさせる気はないって。でもさ、やっと『LAN』まで来たんだ。チャンスだよ。オレたちもがんばって絶対デビューして、『ZAK』追い越してやろうぜ」 自分の部屋という安心感からか、初めて僕たちに曲を披露した高揚感からか、珍しく直斗がストレートに未来を語った。 だけど、そのまま「ZAK」の人気は伸び悩み、バックダンサーである「LAN」はデビューすることなく一年を待たずに解散。 その後僕たちは次々と事務所を辞めた。 それから六年。お互いに連絡をとることなく、今に至る。
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