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「おーい。浅木くん」 所長が事務所の扉から少しだけ顔を出して、オレを手招きした。 時刻はもう夕方で、客層は親と一緒の中学生や、ひやかしの高校生だちへと変化していた。 接客中の池田さんと栄一郎さんがちらりと僕を見る。 僕は、首をすくめてみせてから、事務所の扉をあけた。 「お願いがあるんだ」 含み笑いの所長がソファに座っていた。ローテーブルの前には、ホッチキスで留めた薄い冊子がおいてあった。 「辻川商店街五十周年 歳末イベントについて」とゴシック体で大きく印刷されている。 それを横目で見ながら心の中で「池田さん、ビンゴです」とつぶやいた。 「例年は、サンタの衣装でティッシュ配りしてるらしいけど、今年はもう少し地域と密着しようと思ってね」 所長は僕に、向いのソファに腰かけるよう促した。 富永所長は四十半ばのはずだけど、髪も少し後退し、お腹もどっしり予備軍くらいにでているので、年齢以上の貫禄がある。 でも、話題も豊富なおしゃべり好きだからか、上司だというのに、僕も栄一郎さんも構えることなく気さくに話しかけられる人だった。 「うちの店代表で、浅木くん、これに参加してくれないかな」 渡された冊子には、朝、池田さんたちが話していたことと同じことが書かれていた。 五十周年記念事業として、いつもの歳末イベントに加えて、特別な企画をすること。その企画と運営を商店街振興組合の青年団が担うこと。その予算。 実行委員長の名前には、焼き鳥屋の若大将の名前がちゃんと記入されていた。 「所長命令ですか」 冗談半分に僕が聞くと、 「あくまでも、お願い。だって、手当も残業代もだせないし。所長裁量でできるのは、せいぜい代休くらい。きっと勤務時間終了後も会議や準備があるだろうし、もしかしたら休日にも会議があるかもしれない。ていうか、あそこの会議は長いよ~。お酒入るとエンドレス」 所長がお腹をゆすって笑う。 「マジですか」 「マジのような、そうでないような。まあ、飲み会までは参加しなくていいんだ。適当なこと言って抜ければいい。ただね、前半のね、まじめな会議に、うちを代表して浅木くんに出席してもらいたいと思ってる。これはマジ」 最近眉毛に白髪がでてきた、と嘆く自慢の太眉毛をキュッとあげて、僕を見つめる。
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