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「縁あって、この辻川商店街で店だしてんだから。こういう縁は大切にしないとって僕は思うんだよね。貸店舗借りてるよそ者です、なんて顔せず、もっとしっかり地元とつながっていかないと」 僕は、ゆっくりと冊子に視線を落とす。 「行われるイベントに乗っかって、その場その場のキャンペーンで顧客を増やしていくことももちろん大切だ。だけど、十年先、二十年先、この店が生き残っていくためには、地元の人たちとの地道で密なつながりこそが活きてくるんじゃないか、って、僕はそう思ってる」 所長が足を組みなおして、身を乗り出してくる。 「たかが携帯ショップだしさ、どこで買ってもどこで機種変更してもいっしょだけどさ、『やっぱりこの辻川店を利用したい』って思ってもらえたらうれしいじゃない?」 僕は、冊子から所長に視線をうつす。 目の前に所長の顔が迫っていて、思わず身を引きそうになる。 「商店街の大御所たちが仕切るイベントには、うちみたいな店は口をはさみにくい。でも、青年団が仕切る特別企画だったら、うちも若手を出しやすい。願ってもないチャンスなんだよ」 「チャンス」か……。 所長の熱い話を聞きながら、僕は直斗のことを思い出していた。 ずっと忘れていたのに。例の学園祭以来、あの頃のことをよく思い出す。 アイドルになるチャンスが近くにあったのに、つかみきれなかった僕たち。いや、そもそも僕は、つかもうと努力をしていたのか?  ヒデや直斗みたいに、チャンスをつかみたいと声に出して伝えていたのか? あいつらは、今、何をしているんだろう。 携帯ショップで店員をしている今の僕は、僕がいつ描いた夢の先にいるのだろう。 何もリアクションをしない僕の姿を肯定ととらえたのか、所長は「頼んだよ」と言って、席を立った。 それから、「そうそう、これどう思う?」とタブレットを差し出した。 「新しいCM。地方限定なんだけど、歌がいいんだ。新人らしいけど」 所長が画面に触れると、夜のロータリーでギターを弾く若い男の映像が流れた。 同時に、甘い男の歌声が飛び込んでくる。 この声、この歌……。 男の顔はシルエットで見えない。 画面はすぐに変わり、就職活動中のスーツ姿の男女、学生、料理をしている男、ダンプを動かす女、駅員、ナース、漁師、農家、工場、ジム……と様々な職場が映し出される。 まだ「なに者」でもない者が、夢にむかってあがいている映像。 そのそばに携帯がある、という30秒のイメージCM。 「いいだろう」  所長が笑う横で、僕はただタブレットを見つめていた。
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