疑念

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疑念

 速報から10日後、役所から荷物が届いた。コンパクトな容器に入ったスプレータイプの駆除剤を前に、俺は面喰っていた。ロスボックルを見かけた際には、駆除剤を噴霧することが国民の義務となったのだ。  今後は、外出するときには必ず、駆除剤を携帯しなければならないというのだから厄介な話だ。  厄介な話……。  それに間違いはないのだが……。  そんな雑な片づけ方をしてしまっていいものか。  だいたいにおいて、災害は自然由来のはずだし、事故は不注意によるものだ。事件は故意だろうし、病気や怪我は不可抗力か、もしくは人間の不注意によるもので、不和に至っては要素が多過ぎて特定するのが難しいが、あえてひと言で片づけるとするなら、人の意思によるものでしかない。  にもかかわらず、今さらロスボックルのせいだなんて言われても、いかにも眉唾な話で、おいそれと納得できるはずもなかった。 「いや、これ、何かの間違いじゃねえのか?」  独身男の誰もいない部屋に虚しく響く独り言……。ワイングラス片手に首を傾げ、また、ぼんやりと考え始める――  政府だって突き詰めれば人間の集合体なのだ。人間である以上、ミスがあってもおかしくはない。  あるいは、科学者か誰かが、血迷った結果か?  俺もナレーターとして売れるまで、ずいぶん時間がかかった。今でこそ、インフルエンサーなんて呼ばれる立場になったけれど、ほんの2、3年前までは仕事もほとんどなく、バイトをしながらやっと生活が成り立つというような状況にあったのだから、一発当ててやりたいと焦る気持ちもわからなくはない。  ただ、人として、これ以上は踏み込んではいけない領域があるということもわかっていたから、俺は正しいやり方を貫いて、ここまでのぼりつめたのだ。
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