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羊子は「ひつじ」と呼ばれていた。 それは、羊みたいに色白だったからだ。 ひつじは、みんなから好かれる羊の毛のようなほんわかした性格だった。 私とひつじは児童養護施設で出会った。 ひつじとは同じ歳だったからか、気が合ってすぐに仲良くなった。毎日、外でブランコに乗ったり、かくれんぼをしたり、ずっと一緒。毎日、毎日、同じ場所で同じ時間を過ごしていた。 ひつじは色白で、栗茶色のふわふわの髪が可愛く、ほんわかしたおとなしい性格。養護施設のみんなもひつじが大好きだった。 でも、不思議な事に…… ひつじは毎晩一睡もしないのだ。 みんなは規則正しく並んだ布団の中にいるのに、ひつじだけは部屋の片隅にぽつん。体操座りをしてただ、みんなが寝ている様子をぼやっと見ているだけ。目を閉じて寝たりしない。 「ひつじは寝なくて大丈夫なの?」 と聞いた事がある。 「大丈夫だよ」 そう言ってふわりと笑うだけ。寝ていなくても、クマが出来るわけでも、疲れているわけでもない。 ひつじは本当に不思議な子だった。 そんな時、新しく入ってきた男の子が居た。 その子は私たちと同じ歳で、背が高く、けっこうカッコ良かった。ひつじは人見知りする子だったけれど、私はどっちかと言うと誰とも気兼ねなく話せるタイプで、彼とすぐに仲良くなった。 彼の名前は俊樹。 始めは恥ずかしがっていたひつじだったけど、すぐに俊樹と仲良くなり、私たち3人は大切な親友同士となった。何でも相談出来るぐらいの仲の。 何十回かの四季が巡り、私たちはすっかり大人になっていた。もともと背が高い俊樹は180センチも越え、もともとスタイルのいいひつじは160センチも越え、私だけはもともとチビだったから150センチ弱。俊樹に子供扱いされ、何回「お子様」と言われた事か! 私たち3人は17歳を迎えていた。 それでもひつじは、一斉眠らなかった。 それでも、白いつるつるの肌のままのひつじは養護施設の中でモテた。 私たちは大きくなった体で、古こけたベンチに腰掛けて色々話していた。何十年も一緒に見た景色たち。外の世界ってどんなだろうねって何回も話していた。私たちは小さな時からずっと一緒で、ずっと同じ場所しか知らない。 「ひつじ、モテるけど……好きな人いないの?」 「え?!」 振り向いた頬は少し赤く染まり、夕風で靡く髪は相変わらずふわふわとひつじみたいだ。 その目線の先。建物の中で手伝いをしている彼に向けられている。 それは俊樹。 気付いていたよ。ひつじはずっと俊樹が好きなんだって。最近はだんだんカッコ良くなっていく俊樹を意識しちゃって、上手く喋れなくなってたでしょ? そういうところ、ひつじらしくて可愛い。 私と俊樹は昔からずっと、ふざけあったりする兄弟みたいで、それは今も変わらない。 「俊樹が好きなんでしょ?」 こくり、と頷いたひつじは本当に女の子っていう感じで、男勝りな私とは正反対。きっと、世の中の男の人はこういう女の子が好きで、こういう可愛いらしい女の子をお嫁にしたいんだと思う。 私は物置で頼まれたものを探していた。 「あ、あった!」 〝誕生日会の飾り〟と書いてある段ボール。今日はこの前入ってきたあゆみちゃんのバースデーだ。1人1人のバースデーには飾りをして、ケーキを食べ、みんなでお祝いするのが決まりだ。 「んー届かない!!」 背伸びをし、両手を精一杯伸ばしても届かない。 「何、やってんだよ!チビだな!」 「え?」 背中に温かいぬくもりが触れると、頭上にニョッと伸びてきた両腕がその段ボールをキャッチ。 この声は…… 「と、俊樹?!」 勢いよく振り向くと、至近距離に俊樹の胸元があり、見上げると鼻先が触れ合う程の距離に俊樹の顔があった。 うわっ!ちかっ!! 私のすぐ後ろに段ボールがあって、俊樹の両腕が私を抱きしめているみたいな体制になってる?! 一気に心臓の音がどくん!と跳ね上がる。 「うわっ!いきなり振り向くな!!」 私の後ろにあった段ボールを、私の前に持ってきた俊樹は「はい!」とその箱を渡す。 「あ、あ、ありがと……」 やばい、焦った……たぶん顔も赤いし、熱い。 な、何で?こいつにドキドキするなんて……。 そんなのって、まるで……。 「顔が赤いぞ?大丈夫か?」 俊樹の大きな手のひらが、私のおでこに触れた後、私の髪をなぞり頬まで滑り落ちる。その包まれた手のひらはなぜか、とても、熱い。   一瞬、時が止まる。 私たちは、数秒見つめ合う。 お互いの鼓動が聞こえてしまいそうなぐらいの静寂。 「彩……」 そう呼ばれたと気付いた時には、俊樹の顔が至近距離にまで近付いていて、それで…… 私は抵抗するわけでもなく、自然と目を閉じていた。 「彩!彩!」 しまった!ひつじの声!! 唇が触れ合う数センチの距離で、私たちは目を開けてバッと離れた。 「ごめん!」 そう言った俊樹は、背中を向けて入り口に向かって走り出す。 胸が張り裂けそうなぐらい心音が早い。どうしよう……顔も手足も全身も赤い熱を帯びている。 入り口でひつじと俊樹の声がする。 「彩!大丈夫?遅かったから心配して」 私はひつじに気付かれないように、段ボールで顔を隠し、「大丈夫だよ」そう言って物置を後にした。 その日以来、私は俊樹を意識してしまい、上手く話せなくなっていた。それは、向こうも同じようで、3人で居てもなんかぎこちない感じ。 自然とひつじと2人で居る時間が増えていった。 私は、今更降ってきた自分の気持ちを気付かれたくなかった。ひつじにだけは。 「彩、俊樹と喧嘩でもしたの?」 「ううん。大丈夫だよ。今は同い年の男の子たちと一緒にいたいんじゃないのかな?」 相変わらずひつじは、夜中、部屋の片隅で体操座りをして起きっぱなしだった。 でも…… 段々と様子がおかしくなっていく。 朝起きると、ひつじは目を腫らして泣いていて。「どうしたの?」と聞いても気力のない顔で首を左右に振るだけ。 そんな事が数日続いたある日。 朝起きると、部屋の隅にひつじがいない。 折り畳まれたメモが枕元にあるのを発見する。 急いで指先で摘んで広げる。 〝俊樹と物置に来て。 ひつじ〟 私は俊樹を連れて物置に向かう。 「ひつじどうしたんだ?」 「最近、ちょっと様子がおかしかったんだ」 鼓動が速くなる。ひつじ、どうしたの? 物置に入ると、奥でひつじの声がし、私たちは聞こえた方向へ一緒に向かう。 窓から差す光が、ひつじみたいな顔色を余計に純白に輝かせている。 その朝日が、両手で持っている包丁をより不気味に輝かせている。 ひつじはひくひく泣いていた。 「ひつじ?どうしたの?」 「ひつじ!包丁を離すんだ!」 包丁を高く掲げながらひつじが呟く。 髪を乱暴に振り乱しながら呟く。 「あんたたちの夢を喰ってやった」 (つづく)
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