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なんとか受け身は取れたけど、身体が動かない。これは誰か背中に乗ってるな。さてどうするか。気絶したフリでもして様子を見ようかと思ったら、再び聞き覚えのある声が聞こえた。
「手荒いことをして申し訳ありません、タチバナさん。」
「スズカワさん!?」
思わず声が出た。彼女のことは殺し屋だとは見抜いていたが、
こんな肉体派な殺し屋だとは思っていなかった。
「え、なんでですか?」
「はい。説明しなければいけないのですが、少々お待ちいただけるでしょうか。」
「とりあえず、起きてもいいですか?」
「はい、失礼しました。」
背中から重さがなくなったので迅速に立ち上がると、先ほど店の事務所で別れた時と変わらぬ姿で、眉を下げて僕から目線を外すスズカワさんがいた。
なんとなくの殺し屋のイメージで、全身を包むラバースーツみたいなのを想像したけど、あれは殺し屋というよりは泥棒の恰好だろうか。
「いやー、ほんまに強いんすね、タチバナさん。スズカワさんに言われても絶対ウソだと思ってましたよー。」
声の方を見る。トンネルから笑顔のスミゾメさんが出てきた。
その後ろには、地面に倒れている先ほどの四人が見える。
「スミゾメさんも?どういうこと?」
「どういうことはこっちのセリフっすよー。あの四人、ロクデナシのゴロツキですけど、それぞれ喧嘩慣れした半プロっすよ?あんな綺麗に凌ぐなんて、そこいらの格闘技経験者でも難しいっすよ?」
「人間必死になったら意外と出来るって今になって思ってるよ。」
「そーゆーのいいっすから。そんなタチバナさんにちょっとお話があるんですよ。ご足労願えないっすかねー?」
一瞬だけど、スミゾメさんの眼つきと空気が変わった。
ああ、これが殺し屋のときの彼女の顔なんだろうか。
「この状況で断れるの?」
「どーなんしょ?断った奴見たことないっすからねー。」
いつもの屈託ない笑顔にもどってスミゾメさんは答える。
「申し訳ありません。この状況で言う言葉ではないのですが、身の安全は保障いたしますので。」
「それは断った場合の話?断らなかった場合の話?」
「……」
スズカワさんの空気も少し変わった。何が何だかわからないが、
今現在結構な腕前の殺し屋の女の子二人が至近距離にいるってことは
紛れもない事実だった。
数秒考えてから、わざと大きなため息をついた。
「事情はよくわからんけど、話を聞くだけでいいってんなら付き合うよ。」
「よかったー。」
「ありがとうございます。ではすぐに車を手配します。」
スズカワさんはそう言うとケータイを取り出してどこかに連絡をし始めた。
「でも半分嬉しくて半分残念っす。アタシもタチバナさんと手合わせしたかったなー。」
「オレはやりたくないなー。」
「えー、スズカワさんはOKでアタシはダメなんすか?」
「いや、一方的に攻められてただけなんで。」
戦闘継続の意志がないことを示しても警戒が緩まない。
やっぱプロっぽいなぁ。さてどうなるのか。
とりあえずは怪我無く切り抜けられた幸運と、多少の荒事の対処を教えてくれた親に感謝するか。
このあと、二人に連れられて殺し屋の元締めみたいな人に会い、
二人の仕事に同行する羽目になるとは、さすがにこの時は考えてなかった。
まあ、そう思い返せるってことは、なんとか無事に切り抜けてこれたんだから、ヨシとするか。
とにかく望まない形だったが、この日を境にボクの生活は一変させられることになった。
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