319人が本棚に入れています
本棚に追加
「ああ、立花賞って知ってる?」
立花賞は具象絵画を対象にした名高い賞で、毎年、個展などで注目を浴びた新人画家が候補となる。
過去の受賞者には著名な画家が名を連ねており、俗に「絵画の芥川賞」とも言われている。
「うん、もちろん」
「そろそろ挑戦してもいいかなと思って。それで立花賞を視野に入れた個展を計画してるんだ。まだ、習作を描いている段階だけどね」
「少し見ててもいい?」
「ああ、かまわないよ。そうだ、夏瑛。ちょっと来て」
そう言って、手招きされた。
「なかなかこの表情が決まらないんだ」
女性の顔を指して靭也が言った。
いつになく悩んでいる様子に見える。
そんなこと滅多にないことだ。
「夏瑛、ちょっと手伝ってくれる?」
「いいけど。でも、何を手伝うの?」
「こっちに来て」
靭也にいざなわれて隣の準備室に入ったとたん、すっと手を掴まれて抱きすくめられた。
「夏瑛の表情を参考にさせて」
「さ、沢渡……靭にいちゃん、だめだよ。誰かに見られたら……」
「こんなところに誰も来ないよ」
靭也は夏瑛をすっぽりと包みこむ。
絵のなかの男性のように。
「でも、大きな声を出したら、誰かに聞こえるかもな」
最初のコメントを投稿しよう!