2・アトリエにて

12/12
前へ
/90ページ
次へ
 そんな心配いらないのに。  日に日に、靭にいちゃんへの想いはこぼれそうなほど募って、苦しいのに。  靭也は夏瑛の心を探るように見つめてくる。   それから長いまつ毛を伏せて、恥じ入るような小さな声でつぶやいた。 「ごめん。大人げなかったな、こんなことして」  返事のかわりに、夏瑛は自分からキスした。  うれしかった。  靭也が嫉妬してくれたことが。  いつも心を覆っている不安の靄(もや)が少しだけ晴れた気がした。 ***    家に帰り、風呂に入ったとき。  靭也の残した紅の痕跡が目に入り、数時間前の記憶が鮮やかによみがえってきた。  心臓が早鐘を打つ。  あのとき、靭也はたしかに夏瑛のことを「おれのもの」と言った。  その言葉を聞いたとき、眩暈(めまい)がして倒れるかと思った。  ずっと聞きたかった言葉。  でも、自分は本当に〝靭にいちゃんのもの〟なのだろうか。  夏瑛は、今日こそは、部屋に来ないかと誘わるのではないかと、内心ドキドキしていた。  けれど靭也はいつものように家の手前まで夏瑛を送り、かすめるような優しいキスをして去っていった。  いつになったらふたりの関係は一歩前進するのだろう。  そのことを思うと、どうしても不安が頭をもたげてくる。  結局、自分は靭也に、一人前の女性として見られていないのではないかと。  
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

319人が本棚に入れています
本棚に追加