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そんな心配いらないのに。
日に日に、靭にいちゃんへの想いはこぼれそうなほど募って、苦しいのに。
靭也は夏瑛の心を探るように見つめてくる。
それから長いまつ毛を伏せて、恥じ入るような小さな声でつぶやいた。
「ごめん。大人げなかったな、こんなことして」
返事のかわりに、夏瑛は自分からキスした。
うれしかった。
靭也が嫉妬してくれたことが。
いつも心を覆っている不安の靄(もや)が少しだけ晴れた気がした。
***
家に帰り、風呂に入ったとき。
靭也の残した紅の痕跡が目に入り、数時間前の記憶が鮮やかによみがえってきた。
心臓が早鐘を打つ。
あのとき、靭也はたしかに夏瑛のことを「おれのもの」と言った。
その言葉を聞いたとき、眩暈がして倒れるかと思った。
ずっと聞きたかった言葉。
でも、自分は本当に〝靭にいちゃんのもの〟なのだろうか。
夏瑛は、今日こそは、部屋に来ないかと誘わるのではないかと、内心ドキドキしていた。
けれど靭也はいつものように家の手前まで夏瑛を送り、かすめるような優しいキスをして去っていった。
いつになったらふたりの関係は一歩前進するのだろう。
そのことを思うと、どうしても不安が頭をもたげてくる。
結局、自分は靭也に、一人前の女性として見られていないのではないかと。
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