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そうこうするうちに教室に靭也が入ってきた。
女子の目が一斉に靭也に向かう。
「秋庭先生の代わりで来ました沢渡です。えーと、今日は自分の手のデッサンをします。じゃあ、各自、準備して」
とすこしうつむきかげんのまま言い、目の上にかかっていた前髪をかきあげた。
そのしぐさを目にしただけで、数人の女子がため息を漏らす。
夏瑛でさえ、教壇に立つ靭也にはやはり見惚れてしまう。
制作時間を割くのを惜しがって、あまり買い物に出かけない靭也は、とくに服装にこだわっていない。
今日もストライプのシャツに黒のジーパンといった、取り立てて目立つような服装ではなかった。
それでも、無造作に折り上げたシャツのカフスから見える少し骨ばった手首や、開いた襟元からのぞく細い首筋が独特の色気を醸しだし、女子たちの目を釘付けにしてしまうのだ。
叔父の授業を受けるのもはじめは違和感があったが、とくに隠すこともないので気楽であった。
が、この1時間半は長かった。
素知らぬふりをしなければと、そればかりに気を取られてデッサンどころではなかったし、他の子が靭也に熱い視線を送るのもうれしいものではなかった。
とにかく、一刻も早くチャイムが鳴ってほしかった。
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