薫の回想

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彼女との別れを嘆いてる暇などなかった。山伏修行が控えていたからだ。 天平魔術学校の高等部三年男子の必修校外授業で、吉野郡天川村の大峯山で行われる。 そこで何を見、何を得たかは口外してはならないため詳しくは分からんが、部活に入ってる奴らは先輩からとにかくキツくてヤバい修行と聞いて騒ぎどよめいている。たしかに死装束で登山をしたり挙句の果てに宙吊りにされてあれこれ喋らされるからヤバいことは確実なんだろう。 一方女子は室生寺で修行体験をしたり宇陀の薬草園を見学するなど楽しそうなフィールドワークらしい。ずるい。 そしてそのハードな修行の事前学習で修験道や役行者に関するレポートに励んでいる。だから女のことを考えている暇などない。たとえ相手が執念深い蠍座のおぞましい女だとしても。 以上、ヒメミコ先生がならまちで実店舗を出すまでの経緯を自分の記憶を整理するために書いてみた。 山伏修行については書かないが、あれは修験道において一度死人になってもう一度生まれ直す儀式である。(これは本で読んだ知識だから文字におこしてもバチは当たらないだろう) 俺は卒業後十年続けた本屋のバイトをやめた。たんまり残った30日の有休消化が始まる。書店員としての俺は死んだ。 みんなこの数年で生まれ直した。 喜助は実家で得度し、吉方は結構して昨年子どもが産まれて、みかるは中学や高校の芸術観賞会を中心にプロとして板を踏むようになり、ななえは何がしたいのか側から見ればよく分からないが尼になった。先生もカフェに飽き足らず新しいビジネスプランを模索している。 そして昨年夏、先生の弟子として東京から魔女・唯がやって来た。フットワークが軽く面白い奴だ。正直羨ましい。 唯から有休消化中は箱根に行こうと誘われているが、向こうでの体験が俺にとって生まれ直しの儀式になるなら喜んで便乗しよう。
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