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「おはよう、唐沢くん」 「おはよう、朝比奈さん」  彼女は今日も十字路の交点に真っ直ぐに立ち、僕は今日も十字路の前で空を見る。  背景は靄がかかったような灰色だ。 「なんかどんよりしてるね。毎日晴れならいいのに」 「雨降らないと困る人もいるからさ」 「そうなんだけどさ、天気悪いとテンション下がるじゃん。いっそどこかの一日で一年分まとめて降っちゃわないかな」 「日本沈める気か」  強い風が正面から吹きつけ、空は厚く重い雲で覆われている。太陽が隠されて、いつもより暗い色の登校路を僕たちはいつも通り並んで歩く。  そういえば、この『いつも通り』はいつから始まったっけ。  朝比奈さんとは高校で出会ったから、去年であることは間違いないはずだけど。 「あ、また下向いてる」  朝比奈さんの声で自分がまた地面に目を向けていたことに気付く。  顔を上げると、覗き込むようにこちらを見ていた彼女と目が合った。 「いや、ちょっと考え事してて」 「なに考え事って」 「いつから一緒に学校に通い始めたんだっけと思ってさ」 「ほう。うーん、たぶん去年の初めくらいだよ。あったかかったし」 「ざっくりだなあ」 「いいじゃん別に。今こうして楽しく歩けてればそれで」  まあね、という返事のつもりで僕は小さく笑う。  今が幸せなら、その幸せはいつからなんて気にしなくていいか。  けれど代わりにもうひとつ疑問が生まれた。   「じゃあなんで君は僕に声をかけてくれたの?」  言葉にしてからはっと気づく。  もしかしたらこれは訊いちゃダメなやつだったかもしれない。もしも「ひとりぼっちで可哀そうだったから」なんて言われたら普通に傷つく。 「え、そんなの決まってんじゃん」  そんな僕の杞憂を吹き飛ばすように、彼女は空より明るく笑った。 「きみに前を向いてほしくて、だよ」  僕はやっぱりそれを直視できない。
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