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「おはよう、唐沢くん」
「おはよう、朝比奈さん」
今日の彼女は十字路の真ん中で白い傘を差している。
僕も今日に限っては家に出る前から天気が分かっていた。
「雨は神の恵みって言うけど、今日の土砂降りは嫌がらせに近いよな」
斜めに叩きつけるような雨をビニール傘で受け、バチバチと弾けた水滴が傘を伝って目の前を落ちた。傘では受けきれなかった雨粒がスニーカーから侵食して靴下を濡らす。不快だ。
朝比奈さんもさぞ鬱々としているだろうと思ったが、予想に反して彼女は不敵に笑った。
「ふっふっふ。確かに昔の私はそう思ってたね。けど今日からの私は一味違うのさ」
「なんだこの無敵感」
「そう、まさしく無敵なんだよ。これを見たまえ!」
朝比奈さんは持っていた傘を天高く持ち上げた。
その傘の裏側には、澄み渡るような青い空がプリントされている。
「私はついに私だけの空を手に入れたの。これで雨の日も雪の日も私だけ最高に晴れ!」
朝比奈さんは嬉しそうに笑って自分だけの空をくるくると回した。彼女の傘から飛び散った雨粒が僕の肩を濡らしたけれどあまり嫌な気持ちはしない。
なんだか彼女なら神様にすら勝ってしまいそうだな、と僕も少し笑った。
「朝比奈さんは毎日楽しそうだね」
「唐沢くんは毎日つまらないの?」
笑顔の余韻を残した彼女に訊かれて、僕は一瞬言葉に詰まった。ぴちゃ、と薄く濡れた道を踏んで音が鳴る。
「……まあ、そうかもね」
僕はふと地面に目を落とす。平たいコンクリートの上には水たまりもできない。
この道のように平坦で代り映えのしない毎日をみんなどうして愛せるんだろう。
そう思ってしまう自分が確かにいた。
「逆にさ、君はどうして毎日を楽しめるの?」
「え、そうだなあ」
僕が尋ねると、朝比奈さんは少し考えてから答えた。
「雨はいつか止むことを知ってるからかな」
彼女は傘を傾ける。
そして、まったく止む気配のない大粒の雨を愛おしそうに見つめていた。
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