33人が本棚に入れています
本棚に追加
5
学校までの登校路は平坦で灰色で何もない。
しかしそれを確認したのは本当に久しぶりだった。
彼女がいない朝なんてなかったから。
寝坊だろうか。それとも風邪?
下駄箱に靴を入れながら考える。色々と推測はできても、クラスの違う僕には確かめようがない。
教室に入って、自分の席につく。
いつも通りのはずなのに何か物足りない気持ちになる。
調子が狂うな。
輪郭のはっきりしない何かを抱えたまま、始業のチャイムが鳴った。
***
「おい唐沢、おまえ大丈夫か?」
「え?」
午前の授業を終え、昼休憩も半分を過ぎた頃、隣の席の男子に声をかけられた。やけに心配そうな表情を浮かべている。
「そりゃショックだよな。おまえら仲良さそうだったし」
「え、ちょっと待って。何のこと」
「ん? 朝比奈の転校で落ち込んでんじゃねえの?」
その言葉に、僕は耳を疑った。
「え、転校? なんで」
「あれ聞いてねえの? あんなに仲良さそうだったのに」
「……いや、なにも」
「あいつ前から一人暮らしだったんだけど、今日家族のとこに戻るんだってさ。どこ行くかは知らねえけど結構遠いとこっぽい」
彼は朝比奈さんの事情を事細かに説明してくれた。けれど、その話はほとんど頭に入ってこなかった。
一人暮らしだったのかとか、いつから決まってたとか、なんで話してくれなかったとか、そんなことどうでもよかった。
朝比奈さんが転校する。この町からいなくなる。
その事実だけが頭の中でぐるぐると暴れ回っていた。
家庭の事情だ。仕方のないことだと思う。
でも、だからこそ悔しい。僕の力ではどうすることもできないのが悔しい。
何でこんなことするんだよ、神様。
「いや、まあでも唐沢が気付けなかったのも無理ねえよ」
言葉を失った僕に、彼は気遣うように優しい声を出す。
「だってあいつ――」
続く彼のセリフを聞いて顔を上げた。
そして思い出したのは、いつかの彼女の言葉。
『神様のせいにしないで』
考える前に、教室を飛び出した。
最初のコメントを投稿しよう!