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6
「はあ、はあ……っ!」
僕はいつもの登校路とは逆の道を全力で走っていた。
息が切れて肺が痛い。脚に力が入らない。もう間に合わないかもしれない。
……だから何だ。
町にひとつしかない駅に向かって僕はひたすら脚を動かす。
彼女は車の免許を持っていない。移動は電車のはずだ。何時の電車に乗るかはわからないが、そんなこと行ってから考えればいい。
平坦な道を『止まれ』の白文字を無視して駆け抜ける。
いつも通りの毎日が続くと思ってたんだ。
このコンクリートの道路のように平坦に真っ直ぐにどこまでも。
そんな風に下ばかり見ていたから見逃した。終わりから目を逸らしてしまっていた。
止まない雨はない。終わりのない道なんて、なかったのに。
教室での彼の言葉が蘇る。
『だってあいつ、おまえと話してるときは暗い顔してなかったもんな』
僕は、僕と喋っている時以外の彼女を見たことがない。
見逃したんだ。僕が下ばかり向いていたせいで、彼女の変化に気付けなかった。
神様のせいじゃない。全部僕のせいだ。
でも、それなら。
神様のせいじゃないなら、まだどうにかなるかもしれない。
僕がこの脚を止めさえしなければ。
もし追いつけたとしてもきっと何も変わらない。そんなことわかってる。
彼女は町から出て行くし、僕は明日から一人で登校する。
――でも僕は、今日も君におはようが言いたい。
走る理由なんてそれだけで十分だった。
見知らぬ十字路を曲がると、道の先に駅が見える。
そして、その改札口に切符を通す見慣れた影。大きなキャリーバッグを引いた彼女がホームへと入っていく。
まだだ、諦めるな。走れ。
走れ。
「……朝比奈さん」
君のおはようが僕に前を向かせるためなら。
僕のおはようは君を振り向かせるためがいい。
「おはようっ!!」
彼女の驚く表情を、僕はその時はじめて見た。
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