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「はあ、はあ……っ!」  僕はいつもの登校路とは逆の道を全力で走っていた。  息が切れて肺が痛い。脚に力が入らない。もう間に合わないかもしれない。  ……だから何だ。    町にひとつしかない駅に向かって僕はひたすら脚を動かす。  彼女は車の免許を持っていない。移動は電車のはずだ。何時の電車に乗るかはわからないが、そんなこと行ってから考えればいい。  平坦な道を『止まれ』の白文字を無視して駆け抜ける。  いつも通りの毎日が続くと思ってたんだ。  このコンクリートの道路のように平坦に真っ直ぐにどこまでも。  そんな風に下ばかり見ていたから見逃した。終わりから目を逸らしてしまっていた。  止まない雨はない。終わりのない道なんて、なかったのに。  教室での彼の言葉が蘇る。 『だってあいつ、おまえと話してるときは暗い顔してなかったもんな』  僕は、僕と喋っている時以外の彼女を見たことがない。  見逃したんだ。僕が下ばかり向いていたせいで、彼女の変化に気付けなかった。  神様のせいじゃない。全部僕のせいだ。  でも、それなら。  神様のせいじゃないなら、まだどうにかなるかもしれない。  僕がこの脚を止めさえしなければ。  もし追いつけたとしてもきっと何も変わらない。そんなことわかってる。  彼女は町から出て行くし、僕は明日から一人で登校する。    ――でも僕は、今日も君におはようが言いたい。  走る理由なんてそれだけで十分だった。  見知らぬ十字路を曲がると、道の先に駅が見える。  そして、その改札口に切符を通す見慣れた影。大きなキャリーバッグを引いた彼女がホームへと入っていく。  まだだ、諦めるな。走れ。  走れ。 「……朝比奈さん」  君のおはようが僕に前を向かせるためなら。  僕のおはようは君を振り向かせるためがいい。 「おはようっ!!」  彼女の驚く表情を、僕はその時はじめて見た。
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