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エピローグ
見慣れた十字路から延びる道には今日も何もない。
この道を僕はいつも通り一人で歩いていく。
十字の交点に、朝比奈さんはもういない。
それでも僕の毎日から、彼女がいなくなってしまったわけではなかった。
彼女を見送ったあの日。
さすがに学校には戻れずそのまま家に帰ると、玄関の前に見覚えのあるものが置かれていた。
白い傘だ。急いでいたのか、雑に結ばれている。
そしてその白の裏側には青が垣間見えた。この青は彼女専用の晴空。
慌てて僕がその傘を手にすると、中から一枚の封筒が落ちてきた。
『おはよう、唐沢くん。今日は直接言えないから手紙にしました』
そんな文章から始まる、可愛らしい文字で書かれた手紙。
転校の事情や今まで言えなかったことへの謝罪、引っ越し先での暮らしなどが彼女の言葉で綴られていた。便箋二枚にわたって、びっしりと。
締めくくりにはこんなことが書かれていた。
『私はいつかこの楽しい日々を取り戻しに来るよ。諦めない』
無敵かよ、と僕は笑ってしまった。あまりにも彼女らしい。
別れの言葉はなく、末尾には彼女のフルネームと。
11桁の番号が小さく一緒に添えられていた。
――確かに今、この町に彼女はいない。彼女の声は聞こえない。
でもあの毎日が終わったわけじゃない。
道は途切れても、きっとまた繋ぎ直せる。
そう思えば、こんなのかすり傷だ。
十字路の交点に差し掛かった時、ポケットに忍ばせたスマホが震えた。画面に表示されたメッセージを見て「すごいタイミングだな」と笑う。
僕は彼女と同じ言葉を返信して、もう一度ポケットにしまった。
そうだ。あの傘いつか返しに行かなきゃな。
梅雨も終わってしばらく出番はなさそうだけど、神様は意地悪だから油断できない。
早めに返そう。今度、雨が降る前に。
「……ああ」
空を見上げる。
僕は一人、灰色で平坦な道を歩き出す。
本日も晴天なり。
(了)
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