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病室の白く閉ざされた空間のなか、私は、声のする方へ視線を放る。
「私の話が分かりますか?」
「……」
「声を出すのはまだ難しいでしょう。なんせ、あなたは重度の火傷を全身に負っている。生き延びたのは奇跡のようなものです。ですが、ひと月前、激しいビルの火災の中から救助されたときは、正直言って延命の確率は数%、と医師は私に零したものです。良くここまで回復したものです、あなたの生命力に敬意を表します」
……私はその話の内容から、この低い声の主は、医師ではなく、あのビル火災の担当刑事だと分かり、少し安堵する。しかし、今日は何の用だろうか。
「しかし、あなたは、まだ、ご自身のことをなにも思い出せないのですね」
……そのとおりだ。私は5日ほど前に意識を回復したものの、火事に遭ったことしか記憶にない。どう思い返しても、自分の正体が掴めないのだ。名前や居住地はもちろん、この包帯の下にかつてあった筈の、焼けただれてしまった元の容姿さえ。
「ですが、あなたのことが全国で報道されてから、これまで三通の手紙が署に届きました。その手紙は全てあなたが、それらの差出人の探し人なのではないかとの問い合わせでした」
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