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1.
誰かが泣いている。シクシクと泣いている。小さな子のようだ。大声ではなく堪えきれなくて泣いている、切ない声。声がする方へと目を向けると、そこにいたのは黒髪の子。背中には漆黒の翼。鴉【クロウ】だ。
肩を小さく震わせながら泣いている。その肩にそっと手を乗せると、大きく体が跳ねた。私の方を見て、目を見開く。
『……誰』
さっきまで泣いていた目。グイッと手で涙を拭い、こちらを睨みつける。本人はただ見ているだけなのだろうが、恐ろしいほどの虚ろな顔だ。
『泣くなら、こっちにおいで。そこは寒くて暗い』
私が手を差し伸べると、一瞬、躊躇したがやかておずおずと小さな手が私の手を取った。まだ威嚇するような、怯えるような瞳。空いている手でその子の頭を撫でた。手を繋いでしばらく歩くとだんだん緊張が解けていくのが分かった。目的地に着いて、私はその子の方を向いて言った。
『私の身体の中で、思い切り泣きなさい』
***
バサッと大きな音を立てて、翼を広げる。黒々としたこの翼は俺のお気に入りだ。他の奴より断然、色艶がいい。
「あれ。クロウ、もう帰るの? 啄木鳥【ウッドペッカー】が美味しい木の実ケーキ焼いてきたのに」
隣にいた雀【スパロウ】に声をかけられて、俺は答える。
「ああ。今日はいらねぇ」
アイツの作る木の実ケーキは、俺には甘くて食べづらい。それに、早く一人でのんびりしたい。じゃあな、とスパロウに別れを告げて俺は飛び立った。
大きな木が中心となったこの森は断崖絶壁の上にある。そのため少し異端な世界となっているようだ。俺らは生まれた時からそうなってるから普通だけど。森を出ると俺らはいわゆる『普通の動物』の姿なのだが、森に入ると何故かヒトの姿になる。ヒト型といっても俺はカラスだから背中に翼があるし、キツネは尻から生えた大きな尻尾を持っている。ヤマネコたちは細くて長い尻尾で釣りをすることもあるんだ。空から森を見ると、中心の木の枝には無数の仲間たちが寛いでいる。みんなリラックスしたヒトの姿で。
俺は木の真ん中めがけて下降し、木の枝に止まる。その先には太い幹があり、ポカンと開いた穴がある。そのウロこそ俺がほぼ毎日通っている場所だ。とん、ともう一度飛び立ち、今度はウロめがけて身体をくぐらせる。すうっと暗くなり木の内部に入った。
俺の翼は横に広げると大蛇よりまだ大きい。この界隈のカラスの中でも極端にデカいのだ。そんな俺が身体ごと入れるウロだから、幹がどれほど太いか、わかると思う。少し下降すると下からうっすら光が見えて、そのまま突っ切るといきなりあたりが明るくなり、下には緑の絨毯のように蔦や葉が絡み付いててまるでベッドのようだ。俺はそのベッドに降り立って翼をしまう。少し羽根を整え、大きく背伸びをして横になる。
「オークツリー、来たよ」
俺がそう言うと、サワサワサワと枝が揺れる。
「いらっしゃい。今日は早いですね」
ウロの中で響く、少し低くて優しそうな声の持ち主はこの森の中心となっている『木』だ。俺はほぼ毎日、このナラノキ【オークツリー】のベッドに来てリラックスしている。
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