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一
悪に立ち向かい、戦って勝利して平和な世界を手にする。そんな英雄に憧れていた。俺もいつかそんな英雄になりたい。それが、少年時代からの夢だった。
いつか、それを小学校で話したことがあった。勿論、組の生徒達から笑われた。いつまでガキみたいな事を言っとるんじゃ。裕は、馬鹿じゃ、ガキじゃ。と。
そんな日の帰り道、同じ組の生徒で、近所の女妙子が、笑って俺に言った。
「英雄になら、もうなっちゅうじゃろ」
「は?」
「ほれ、私がいじめられてた時、助けてくれたじゃろ?」
妙子は笑って俺を見た。
七歳くらいの時、公園の大きな木の下で、数人の男が、妙子を囲んで彼女の弁当を投げ合っていたのを、助けに行った。だが、男達に返り討ちにされて、俺は傷だらけになった。格好いい英雄とはかけ離れたそれは、忘れたい苦い思い出だった。
「忘れろぉ、あんなの。ぶちカッコ悪いけん」
「嫌じゃ。あれは私の大切な思い出じゃけん。その日から、裕は私の英雄なんじゃ」
「……こんなカッコ悪いのを英雄なんて言って、妙子は大馬鹿じゃ」
俺は走った。妙子が怒っている声を背中で聞きながら。
理想の英雄とかけ離れたそれは、とてもださくて恥ずかしかったが、英雄と呼ばれた事がとても嬉しかった。
それから十年程経ったある日、妙子に婚約を申し込んだ。妙子は泣きながら笑っていた。
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