0人が本棚に入れています
本棚に追加
古びて剥げた銀色の扉を開けると、俺(田中悠馬)を待っている存在がいる。
椅子に座ってスマホゲームをしている田辺大地、後ろのロッカーの上に座りながら漫画を読む山崎涼也、亀井裕章の三人だ。三人とはこの檀州高校で出会い、仲良くなった。もともと、小学校と中学校を友達で過ごしてきた中に俺が高校からその三人グループに加わったのである。
教卓の真ん前にある自分の机にリュックを置き、一目散に三人のもとに向かう。
「おはよ。」
「おう。」
とみんな素っ気ない返事をする。涼也が雰囲気を察して漫画を閉じ、口を開く
「さっ、みんな集まったことだし、今日の放課後にどこに行くか対談始めますか!昨日はカラオケに行ったから、とりあえず今日、カラオケは除外な。」
「っしゃ、じゃあじゃんけんで決めるか」
と裕章が張りきった様子で肩のストレッチを始める。大地はひたすら天に祈りを捧げ、涼也はどの手を出すのか真剣に考えこんでいた。じゃんけんするだけでもこんなに個性があるんだなと微笑みながら、自分も勝つぞと気合いを入れる。
「準備はいいな?行くぞ。」
と落ち着いた様子で涼也が進行する。
「せーの、じゃんけんほいっ!」
涼也、大地、裕章がグーを出しているのに対して、俺だけがパーを出していた。つまり、俺の大勝利である。実は、一回もこのじゃんけんに勝ったことがなかったので天に召されるほど嬉しかった。俺は人生史上一番と言えるほど力強い渾身のガッツポーズをした。
「くっそー、今日は悠馬の勝ちか~。しょうがねぇな、悠馬が行きたいところに行くしかないなぁ。」
と大地が悔しがる。
「お前は昨日行けたから問題ないやろ。」
と涼也と裕章の両方からツッコミが入る。
「で、悠馬はどこに行きたいんや?」
と涼也が尋ねてくる。涼也の言葉で、俺は自分がどこに行きたいのかを真剣に考える。しかし、全く見当がつかない。あれ、俺ってどこに行きたいんだっけと何度も頭の中で反芻するも浮かんでこない。
「おいおい、もしかして行きたい場所ないとか言うなよ?せっかく勝ったんやから決めてもらわな困るわ。」
「ご、ごめん。思いつかんから、また三人でじゃんけんして決めて。」
「まぁ、いいか。じゃあ俺と裕章と大地で決めてしまうで。」
と言い残し、三人は再度じゃんけんに挑む姿勢を見せる。最終的に、涼也が今日の勝者となり、目的地はボウリング場になった。しかし、自分で行きたい場所を決められなかったモヤモヤはその日の授業を受けていても晴れなかった。俺は小さい時から、何かを自分自身で決めることがとても苦手だった。小学校でも中学校でも先生の言うことに従順で、それを自分なりの正義と思って生きてきた。でも、そうやって人に合わせることでしか生きていけない自分の方がもっと嫌いだった。
帰りのSHRが終わると早速、教室をでる。生徒指導の先生に注意されそうになりながら30mほどの中央廊下を走り渡ると、高校から500mほど近くにある駅前の新しくできたボウリング場にやってきた。内装はさすが新築といった事もあり、フロアも壁面もピカピカで美しかった。フロントらしき場所で靴とゲーム数を決めて、ついにレーンまで辿り着いた。俺が、ボウリングの球を取りに行こうとすると、
「悠馬ぁ、俺らのジュース買ってきてくれん?三人ともサイダーで。」
と500円を渡され、レーンからは少し離れた自動販売機に向かう。よく考えてみればペットボトル持ちながら、玉なんて持てねぇじゃんと気付いたが、親切心で飲み物を優先してあげることにした。500円を投入し、3回ともサイダーのボタンを押す。腰を下ろして、炭酸が暴発しないようにと丁寧に拾い上げる。ペットボトルを体全体に抱えてレーンに戻ると、三人が話し合っている声あふれかえりそうになるって人と合わせてばっかよな。もっと自分の意見言わんと全く意味なくない?せっかく今日じゃんけんに勝ったのに、涼也に譲るのってもったいないよな。正直に言うと、悠馬がいる意味なんだよな。」
レーンまで10mほどの距離が開いていたが、俺の耳にははっきりと聞こえた。
「悠馬っている意味がないんだよな。」
と。自分でも気付いていることは大地にも、涼也にも、裕章にもわかっていたんだなと再認識した。そう思った途端、鼓動が早くなって息苦しくなる。これまでの人生の中で自分が言えなかった意見が、感想が渦を巻いて溢れかえりそうになる。すこし吐き気すら催したほどだった。頭の中がぐるぐるしてまともに思考することが出来なくなってしまった。''もうだめだ''と思った俺は急いでレーンに戻り自分のリュックを持って、その場を立ち去る。
はぁはぁという息が自分の耳の中に確実に聞こえる。もう息は上がってしまっているようだ。ボウリング場から出て、クタクタになった俺は公園のベンチで一休みにする。これまで自分で自分を欺いていたことがついに崩壊したことを察し、今までの人生って何だったんだろうなと黄昏る。
「もう俺の居場所ってないのかな。俺って必要とされてないのかな。」
独りで呟きながら、泣きそうになる。公園の木々が、風に揺れ、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。俺を慰めるかのように、雨だけが俺を包み込んでくれた。
~数年後~
ロックを解除すると、俺を待っている存在がある。
そこには二次元の少女が鎮座していた。
最初のコメントを投稿しよう!