四、思い出話

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「もちろんです」  一彦が大きくうなずくと、和弥がカウンターの内側で、作業の手を止めて話し出した。 「あいつが病気になって、もう先が長くないと分かったときにね。自分が灰になったら骨を健太君の手元に分けてほしいって言うんです。驚いたよ。そんな相手がいたことも知らなかったからね。でも登志也の病室に見舞いにやってきた健太君と会ったときに、二人とも本気なんだとわかった」  一彦はそっと白川の様子を窺った。白川はカウンターに突っ伏したまま動かない。 「いっぽうで健太君はまだ若かったから、分骨なんて重荷になるだけじゃないかとも思った。登志也にもそう言ったんです。でももう二人で決めたんだと聞かなくてね。俺もあいつの最後の希みは叶えてやりたかった。だからいずれ健太君に大切な人ができて、もし、その人が登志也の存在を負担に思うようなら、いつでも返してくれて構わないと念を押して、お分けしました」 「……俺は、負担になんか思いません。だって」  一彦は急いで口を開いた。 「だって俺も、登志也さんに一目ぼれだったんだ」  傍らのフォトスタンドを見やる。写真のなかの登志也はいまも一彦の心をとらえて離さない。魅力的な男だとあらためて思う。  一彦は突っ伏したままの白川の肩を軽くゆすった。 「ちょっと、ねえ、先生」 「んん」 「俺も先生と同じで、登志也さんのことが好きだからね。これからもずっといっしょにいようね。ねえって、先生」  ゆらりと白川が顔を上げた。今度こそはっきりと目が赤くうるんでいる。目が合うとふわりと笑う。初めて見る白川の泣き笑いの顔はとてもきれいだった。 「和弥さん、そういう話は今も泣いてしまうから、一彦の前ではしないでほしかったなあ。大人の威厳がだいなしじゃないか」 「そうか。それはすまなかった。一彦さんなら大丈夫だと思ったんだよ」  たいしてすまなさそうではない顔で和弥が笑う。一彦は、ほんのり酔いがまわってきたのもあって勢い込んでつけ加えた。 「そうだよ。俺、泣いてる先生を見たらぐっときちゃったよ。大好きだよ」 「ずいぶん大っぴらにのろけるんだな。和弥さんもいるのに」 「俺もここでは素直になることにした」 「真似するなよ」  白川が笑いながらさっと目もとを拭う。和弥が次の料理を出してきた。美しく盛られたひとくちサイズのビーフステーキだった。 「さて、このあとは締めのものと水菓子でおしまいです。晴子さんに車を出してもらうから、バルーンの夜間係留を観にいっておいで。冷えるから温かい飲み物も用意しよう。帰ったら、部屋に夜食を届けるからね」  一彦はミディアムレアのステーキをほおばる。ほどよく歯ごたえのある赤身の肉だった。白川の顔を見ると、白川も頬を膨らませてもぐもぐと口を動かしている。互いの顔を見て笑いあった。
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